マルチタレントの米原万里さん
久しぶりに米原万里さんの小説を読みました。いやーやはり何度読んでも面白い。
米原さんはロシア語の翻訳家、同時通訳として日本のトップだった方で、副業の作家としても多くの素晴らしい著作を残されています。
彼女は日本とロシアの首脳会談の通訳なども多くこなされ、橋龍こと橋本龍太郎首相とエリツィン大統領との歴史的会談などにも通訳として参加されました。
余談としては、橋龍に相当気に入られて、言い寄られた事があるそうです(ご本人が明かしています)。今で言えばセクハラですね。
米原さんは小学生の頃チェコのプラハにあるソビエト学校に在籍した事があり、彼女の小説もその時の体験を基にした物が多いのですが、代表作は嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)とオリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)です。
最も難しい言葉ーロシア語
言葉としてはロシア語というのは最も難しい言葉だと思います。
昔ロシアに足繁く通っていた頃、ロシア語をかじろうと思ったのですが、「やめた方がいいですよ。固有名詞が格変化しますから。」と聞かされ、断念しました。
例えばナターシャは医者だ。とナターシャが嫌いだという場合、後者ではナターシャがナターユに変化するって言うんです。信じられますか。
当時務めていた会社のモスクワ支店ではロシア語ができる日本人がたくさんいましたが、お客さんに出す手紙が書けないので、手紙を書くための専用のロシア人スタッフを雇っていました。
大学でロシア語専攻したんだから、あんた手紙くらいかけるだろと思ったのですが、これが無理なんですね。
ロシア語というのはそれほど複雑怪奇なものらしく、文豪のトルストイやドストエフスキーでさえ文法的な間違いが散見されるそうです。
こんな言語の同時通訳をやっていた米原さん改めて尊敬します。
パリで度肝を抜かれたロシアバレエ
ロシアとの最初の接点は、昔、パリに遊びに行った際に観たロシアのバレエでした。
家内から「今日白鳥の湖やってるみたい。」と言われ、そんな子供騙しの踊りなど観てられるかと思ったのですが、生で初めてバレエを観て度肝を抜かれました。
この時観たのはソ連が誇るキーロフバレエ団(今はマリインスキー・バレエ団と呼ばれます。)でした。
まさに目からウロコとはこの事でした。
バレエはイタリアで生まれて、フランスで育ち、ロシアで花開いたと言われますが、やはり本物は違います。
それから大のバレエファンになってしまいました。
あの頃は東西冷戦のさなかでしたから、ロシアのトップダンサーの亡命が続いた頃でした。
ヌレエフとかバリシニコフとかお聞きになった方もあるかもしれませんが、彼らもこのキーロフバレエ団に所属しており、海外巡業中に亡命しています。
当時パリに来たバレエ団も当局の厳しい監視の下、演技を行っていたと思いますが、自分たちの芸術に誇りを持っていたんでしょう。
素晴らしい演技を披露してくれました。
ロシアに関する真っ赤な嘘
その後、ロシア(正確に言うとソ連)の担当になりました。
当時、旧ソ連の全ての商談はモスクワの貿易公団経由で行なわれていましたから、本当に数えきれない程、モスクワに出張しました。
ロシアでの滞在日数が増えていくうちにこの国の素顔が見えてきました。
それはロシアにいく前に頭の中にあったロシアのイメージ(先入観といって良いかも知れません)とは大きく食い違うものでした。
日本人が抱いているロシアのイメージは必ずしも正しくありません。
ロシア人は働かない。教育レベルが低い
ロシア人は根っから怠け者ではないと思います。
旧ソ連のシステムが働いても働かなくても同じ給料をもらえると言うものでしたから、働く意欲が湧かなかっただけです。
共産主義時代も、数学や物理の科学者は世界的な業績を生み出していました。
なぜなら彼らは金のためではなく、学問そのものに没頭していたからです。
個人的な能力は、元々相当高い物があります。
米原万里さんも著書に書かれていますが、ロシアの初等教育システムは国語、数学を中心に良くできていて、日本のものよりも優れていると言っても良いレベルだそうです。
ロシア人は日本が嫌いだ
これも全く誤解です。そもそもロシア人はシベリア抑留だとか北方四島の問題など学校で教わっていません。
無邪気に知らないのです。日本はハイテクの国として尊敬を集めていました。
ロシアではものが高く売れない
これも嘘ですね。全く逆だと思います。
石油成金になった現在は当然ですが、以前の旧ソ連時代も、ものは高く売れました。
何故かと言うと、彼らは当時ルーブルという現地通貨は持っていましたが、肝心の商品が市場にありませんでした。
従い、商品が出てくれば値段がいくらであろうと買いに出る訳です。
また、ペレストロイカの直後ロシアはハイパーインフレを経験していますから、一夜にして通貨が価値を失う事を知っています。
現地通貨ルーブルに対する信用がありませんから、お金を出来るだけ物に変えようとします。今の日本と逆ですね。
従い、ロシアにあるユニクロでは、現在、日本の倍の価格で飛ぶ様に商品が売れている様です。
旧ソ連時代は配給で回ってくる自国製品が粗悪品で、安物買いの銭失いの経験をしていましたから、先進国のブランドに弱いのが特長で、これも日本企業にとっては有利な条件です。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。