トルコのテレビドラマがパキスタンを席巻
イスラム社会というのは日本の皆さんには馴染みがないと思いますが、イスラム教徒は現在世界に18億人居るといわれており、これは世界人口の何と4分の1にあたります。
最も多くのイスラム教徒を抱えているのはインドネシアですが、これに次ぐのがパキスタンで2億人近い信者が住んでいます。
そんなイスラム圏の大国パキスタンで、最近トルコのテレビドラマが驚異的な視聴率を記録している様です。
トルコという国は、意外に映画産業が発達しており、テレビドラマの分野では米国に次ぐ地位を占めています。
以前、日本で韓流ドラマがはやりましたが、それと同じ様にトルコのテレビドラマが同じイスラム系の国々を席巻している様です。
しかし、このトルコのテレビドラマ輸出には政治的な背景もありそうです。
米誌Foreign Policyが「How Turkey’s Soft Power Conquered Pakistan」(トルコのソフトパワーはいかにしてパキスタンを征服したか」と題して記事を発信しましたので、かいつまんでご紹介したいと思います。
著者のFatima Bhuttoさんはパキスタン在のジャーナリストです。
Foreign Policy記事要約
トルコのテレビドラマは配信数では、米国に次いで世界第二位です。
ドラマ「Ertugrul」は2014年に撮影を開始しました。
Netflixで人気を博し、現在72か国で放映中ですが、パキスタンでも驚異的な視聴率を記録しました。
「Ertugrul」は13世期のトルコを舞台に、カイ族を率いる戦士が、ビザンチン帝国、十字軍、モンゴルと戦います。それらは現代の西側諸国、キリスト教権力、中国をそれぞれ暗示しています。
トルコのエルドアン大統領はこのドラマの熱狂的サポーターです。
ドラマのプロデューサーであるテクデン氏ははエルドアン大統領率いる政党AKPのメンバーの様です。
パキスタンとトルコの文化的親和性は地政学的な意味を持ちます。
トルコは1947年にパキスタンが独立を宣言した後、最初に国家承認した国の一つであり、以来「兄弟国」として友好関係を保っています。
サウジとイランの対立、ヒンドゥー教の多民族主義に傾むくインド、そして台頭する中国の脅威を前にして、パキスタンはサウジの厳格なワッハーブ派よりもイスラムに触発された近代性を持つトルコに最近接近して行っています。
パキスタンとトルコの二国間関係は政治、軍事的な関係に注目が集まりやすいのですが、現在両国は文化的関係を深めています。
「Ertugrul」だけが成功したわけではありません。「Magnificent Century」や「Forbidden Love」もメガヒットを記録しています。
後者の最終回は何と5,500万人もの視聴者を記録しました。これは国民の四人に一人が見ている勘定になります。
「Ertugrul」は他のドラマよりも政治的意味が含まれています。
パキスタンのカーン首相はパキスタンがハリウッドとボリウッド(インドの映画文化)に汚染されている。我々にはイスラムをベースとした歴史とロマンスの文化がある。」と嘆きましたが、トルコはこの「Ertugul」を無償提供したのです。
高圧的なエルドアン大統領が国内でどう思われているかわかりませんが、国外では、彼を好きであろうと嫌いであろうと、数十年間イスラム世界に現れなかったカリスマ性を持っています。
彼は、昔オスマン帝国のスルタンがイスラム世界の二大聖地メッカとモディナの管理人であった様に、サウジに代わりイスラム教スンニ派のリーダーに復帰する事を狙っています。
サウジとトルコの激しい対立の中で、パキスタンは両国から圧力を受ける立場にあります。
カーン首相はトルコとの関係を重視しつつも、サウジの実質的な統治者であるモハメッド ビン サルマン皇太子を昨年12月受け入れざるを得ませんでした。
ジャーナリストのジャマル カショギがイスタンブールのサウジ領事館で殺害され、解体された直後にです。
しかし、今年の8月にはパキスタンとサウジの関係が急速に悪化したことを証明する事件がおきました。
インドとの国境紛争においてパキスタンを支持することをサウジ政府に要請しましたが、サウジ政府がこれを拒否したのです。
パキスタンの視聴者は「Ertugrul」の底流として流れるイスラムの保守的な価値に安堵を覚えます。
しかし、一方で、この映画のもう一つの重要なメッセージである宗教的多元主義にはほとんど関心を持ちません。
主人公Ertugrulは慈悲深いだけでなく、他の信仰の信者にも寛大です。これは、パキスタンが学ぶべき教訓です。
トルコはソフトパワーの力を上手に利用しています。
一方、ソフトパワーは背後にある政府に信用が無ければ、相手国に受けいられません。
トルコ政府は確かに多くの問題を抱えています—エルドアン大統領は、マスコミを監視している様です。
それでもサウジアラビアと比較すれば、はるかにましです。
トルコ人は反政府デモにに出席しただけで若者を斬首したり、領事館でジャーナリストを殺したりはしません。
サウジアラビアがイスラム世界の文化戦争で勝利者になることは難しいでしょう。
トルコがイスラム圏のリーダーになりうるか
近代的なイスラム主義を標榜するエルドアン大統領が、テレビドラマというソフトパワーを通じてパキスタンにおいて影響力を高めているというのは大変興味深い事実です。
私自身も以前韓流ドラマ「冬のソナタ」にはまった事がありました。
あのドラマで韓国に対する印象はかなり変わりました。
韓国政府はかなり以前から文化輸出に注力していましたが、トルコ政府も同様な支援を行っている様です。
以前、「アラブの春」という現象が中東で広がった際に、エルドアン大統領は、トルコ型の民主主義をモデルとして中東に広めようと努力しましたが、失敗に終わりました。
しかし、彼は諦めていなかった様です。
今度はテレビドラマの輸出というソフトパワーでトルコの影響力を高めようと狙っている様です。これは巧みなやり方だと思います。
オスマン帝国は北アフリカからバルカン、中東全体を覆う大帝国でした。
その400年近い治世は、平和で安定した時代でした。
エルドアン大統領はオスマン帝国の平和な時代をイスラム圏の人々に思い出させ、自らをオスマン帝国のスルタンに重ね合わせようとしているかも知れません。
大事な事は、宗教の多様性を守る事だと思います。
オスマン帝国が多民族、多宗教を抱えた大帝国を長く維持できた理由は、他宗教に寛容だったことが大きな理由として挙げられます。
エルドアン大統領がこの点に気をつければ、サウジアラビアとの対立において、イスラム圏の人々の支持を得られる可能性があると思います。
最後まで読んで頂き、有難うございました。