孫正義氏の強運
ビジネスの世界に幸運の女神がいるとすると、ソフトバンクGの総帥孫正義氏には女神がいつも寄り添っている様です。
今週ソフトバンクGによって発表されたエヌピディア社による英アーム社の買収は、孫氏には大変な朗報だったでしょう。
ソフトバンクGが3兆3千億円を投じて買収したアーム社の業績はここのところ芳しくなく、昨年度は遂に赤字に落ち込みました。
ソフトバンクGの社外取締役を務めるM&Aの大家日本電産の永守会長には「自分なら3千3百億円でも買わない」と厳しく批判されました。
このまま行けば、ソフトバンクGのお荷物になりかねなかったのです。
しかし、そんな代物を、大金を払って買いたいと行ってきた会社があったのです。
それはエヌビディアです。
この会社何をやっているかご存知でない方も多いと思いますので、簡単にご説明したいと思います。
エヌピディア社とは何か
この会社は台湾生まれの米国人ジェンセン ファン氏が1993年に設立しました。
ゲームなどの映像処理用に使われるGPUと呼ばれる半導体でシャアを拡大しました。
皆さんが普段使っているソニーや任天堂のゲーム機にも使われており、映像が以前に比べ、格段に滑らかになったのは、同社の半導体のおかげと言われています。
近年ではAIと同社のGPUの相性が良い事が注目され、AI用半導体の販売が急増し、ゲーム向けの販売を上回りました。
同社はAI半導体とそのソフトウェア開発を加速しています。
同社の時価総額は半導体業界の巨人と言われるインテル社(パソコンの中央演算処理装置「CPU」でお馴染み)を追い抜き、3000億ドル(32兆円)に達しています。
但し、同社のGPUは簡単な計算を高速でこなす事は得意ですが、これだけでは脳の代わりにはなりません。
そこで目をつけたのがアーム社でした。
こちらはより精緻な計算を行うCPUの設計で世界首位の会社です。
アーム社設計のCPUの最大の特徴は省エネ性だそうで、エヌピディア社は自社のGPUと組み合わせて、大量の電力を消費するデータセンター向けに省エネ性能の高いAI半導体を売り込もうと考えている様です。
そして、アーム社を傘下に置けば、インテル社や米AMD社がドル箱としているCPU市場にも参入が可能になります。
情報の客観的分析の必要性
日本のマスコミ報道では、総額4,2兆円でエヌピディア社がアーム社を買収し、ソフトバンクGには一兆円近い売買益が転がり込むという様な印象を与える報道が多いですが、先ずは正しく事実を把握する必要があります。
ウォールストリートジャーナル紙は次の様に伝えています。
「アーム社は契約時に現金20億ドルを受け取る。
ソフトバンクGとビジョン・ファンドは取引完了時に現金100億ドルと215億ドル相当のエヌビディア株を取得するほか、アーム社の業績に基づき最大50億ドルを追加で受け取る可能性がある。
取引完了後、エヌビディア社の株式6.7~8.1%を保有する見通しだという。
この他、アーム社の従業員は計15億ドル相当のエヌビディア株を取得する。
この買収取引に関しては、英国、米国、中国、EU等の許認可が必要となる。」
要するにこのディールは合意に達しただけで、契約が発効するにはまだ超えるべきハードルがあります。
ソフトバンクGが受け取る最大の金額は365億ドル(3兆8千億円)で、その内、現金は全てうまく行ったとしても150億ドル(1兆6千億円)でしかありません。
エヌピディア社はアーム社の顧客と競合
この買収劇については、欧米メディアでも大きく取り上げられていますが、否定的なコメントも見られます。
アーム社の創業者の一人であるハウザー氏はロイター社のインタビューに答えて次の様に語っています。
「英国にとって、欧州にとって最悪の事態だ。
グローバルな重要性を持つ欧州最後のテクノロジー企業が米国人に売却されようとしている。
『半導体産業のスイス』としてのアームのビジネスモデルが崩壊する。エヌビディアはアームの顧客と競争している。」
そうなんです。アームは米アップル、韓国サムスン電子など各国のIT大手にCPUの設計図を提供する役割を担ってきました。
ハウザー氏の説明の通り「半導体産業の永世中立国」としていかなる陣営にも属さない立場でシェアを増大させてきました。
そういうニュートラルなポジションがスマホのCPU設計では世界シェア9割という驚くべき数字を達成してきたのですが、エヌピディアの傘下に入ることになれば、アップルやサムスンが離反を始める可能性があります。
誰も、スマホやパソコンの心臓部とも言えるCPUの設計をライバル社の子会社に任せる気にはなりません。
各国の許認可は
もう一つ心配なのは、各国の許認可です。
CPUの設計で圧倒的な世界シェアを誇る会社をAI半導体の巨人が買収する今回の買収は、各国の規制当局も公正な競争を担保する観点から厳しく審査する事が予想されます。
アーム社の基本設計をベースに自社で開発、製造するCPUを自社パソコンに搭載する事を発表していたアップル社も反対に回る可能性があります。
「情報は金なり」と言われますが、株式市場に影響を与える様な情報については、当事者の発表を鵜呑みにする事なく、複数の情報ソースから事実を客観的に分析する視点が重要と思います。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。