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盟友英国が抜けたEUで苦しむオランダ

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オランダという小さな強国

オランダという国、欧州の中であまり目立ちません。

独仏伊など大国の影に隠れて存在感が薄いのが現実です。

しかし、この国なかなかの実力の持ち主である事は確かです。

人口は少ないですが、一人当たりの国民所得は5万ドルを超えて世界第5位ですし、農業も輸出高では米国に次ぐ世界第二位と意外な強さを誇っています。

歴史的に言えば、毛織物の産地として有名で、そこから生み出された富は、フェルメールやヴァンダイクなど有名画家を多く輩出しました。

貿易も古くから盛んで、江戸時代に日本貿易を独占したのもオランダ人ですし、商売もなかなかうまそうです。

そんなオランダもEUに関しては苦労している様です。

米誌Foreign Policyは「The Dutch Don't Love Europe  - and Never Did」と題した記事を記載しました。

この記事をかいつまんでご紹介したいと思います。

Foreign Policy記事要約

EUは設立当初から南北の問題を孕んでいました。それはオランダとイタリアの対立に象徴されます。

欧州統合の最初の20年間、オランダは終始、EUの政治統合に関して厳しい態度を取り続けました。

1973年に英国がEUに加入してから、オランダは多少態度を和らげただけです。

それだけに今回の英国のEU離脱(ブレグジット)はオランダにとって手痛かった様です。

第二次世界大戦後、オランダは大西洋を越えた緩やかな連合が英国、米国などとの貿易に焦点を当てることを夢見ていました。

プロテスタントの文化とは別に、彼らは英国との間に多くの共通点を有していました。

それは海への愛、真面目な国民性、かつて海外に帝国を有しており、自由貿易を信奉する点などです。

しかし、大西洋横断同盟は実現しませんでした。

代わりに、1950年にフランスとドイツが超国家的な欧州石炭鉄鋼共同体を形成することを決定したとオランダはラジオで初めて聞かされました。

独仏は、オランダが反対するだろうと、正しく理解していました。

確かに、オランダ政府は、この国を占領してきた二人の大きな隣人が政治連合を結成する事を不安に思っていました。

この小さな自由主義的で実用的な国は、常に西を向いており、オランダはドイツの重い法的文化とフランスの愛国心に窒息することを恐れていました。

しかし、オランダには選択肢がありませんでした。

戦後の経済は低調でした。

植民地を失い、国は隣国から収入を得る必要がありました。

オランダは経済的に言えばドイツの一州となりました。

とにかく独仏が先に進むのであれば、ついて行くしかなかったのです。

 

最初から、オランダは使命を持っていました。

英国をEUに参加させることです。

フランスが拒否権を発動させましたが、1973年にようやく成功しました。

オランダ人は常にイギリスびいきでした。

彼らはシェルユニリーバのような多国籍企業を英国と共に設立しました。

英国が参加した事で、オランダはEUでの居心地が良くなり、自信がつきました。

両国は、たとえば単一の市場のために、多くのリベラルな戦いを共に戦い、勝利しました。

これは、オランダが政治統合への反対を一部取り下げ、シェンゲン、通貨統合などに真っ向から飛びついたときです。

70年代半ばから90年代半ばまで、オランダは間違いなくEU愛好家と言えます。

しかし英国はシェンゲン、ユーロへの参加を拒否しました。

この英国の判断は、オランダにおいてユーロ懐疑論を再度高まらせました。

ほとんどのオランダ人は、EUへの加盟に肯定的ですが、多くの人は欧州の政治統合を拒否しています。

ヨーロッパの共通の防衛、外交政策、そしてヨーロッパの税金は、彼らを不安にさせます。

したがって、オランダの中心的な関心は実利的なものです「EUは市場である」という経済の物語に固執します。

 

 

オランダのルッテ首相ブレグジットに心を痛めています。

彼はそれがオランダでも起こり得ることを知っています。

彼はブレグジット国民投票の前のキャメロン元英首相と同じ立場にいます。

しかし、両者には違いもあります。

オランダの首相はEUから撤退しようとしていません。

彼はブレグジットがヨーロッパの政治的なゲームを変えたことを理解しています。

ブレグジットは自由主義的な北方の声を弱めます

それはドイツとフランス、そしてヨーロッパの南部の力を強化します。

EU首脳会議で議論されたコロナ対策復興予算に関しては、オランダは激しく戦いました。

しかし、ドイツとフランスがヨーロッパの政治的未来が危機に瀕していると感じ協力したため、オランダは計画を根本的に変えることができませんでした。

世論調査によれ、オランダは、EUで4番目に「首脳会議の結果に失望した国」と見なされています。

オランダの今後は

Inner Sixという言葉があります。

これはEUが誕生した際の創設メンバー6カ国を指す言葉で、仏、西独、伊、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグの6カ国です。

私は、オランダは独仏と共にEUを立ち上げたと信じていたのですが、実情はどうも違う様ですね。

そもそも地政学的に言えば、オランダはシーパワーで、ランドパワーの独仏とは水と油です。

同じシーパワーの英国との共通項が多いはずです。

昔、英国のEU加盟に強硬に反対したドゴール元仏大統領がその反対の理由として、「英国がシーパワーである。」事を挙げていましたが、さすがですね。

数十年先に生じるブレグジットを予言していた訳です。

シーパワーのオランダも同じ理由で反りが合わないはずです。

今後、EUの政治統合の動きが活発化すれば、オランダは同じシーパワーの英国や北欧諸国と組んで新しい同盟を立ち上げるかも知れません。

割り勘払いを示すDutch Accountはオランダ人のケチで計算高い国民性を表すと言われています。

オランダ人は今後もEUから得られる経済的利益は最大化すべく動くでしょうが、EUの政治的統合には徹底的に抵抗するでしょう。

彼らは大盤振る舞いが好きなパトロンではありません。一ユーロでも無駄な出費を嫌う節約家なのです。

 

最後まで読んで頂き、有り難うございました。