インド太平洋という概念への疑問
「インド太平洋」というフレーズは最近頻繁に使われます。
先日行われたバイデン 大統領と菅首相のテレビ会議でも、日米関係は「自由で開かれたインド太平洋地域における平和と安定の基盤」であると語られました。
しかし、インド太平洋地域というのは、実に広大な地域です。
これだけ広い地域を本当に米国とその同盟国はカバーできるのか。
カバーエリアが拡大すると、最も重要な東アジアの備えが疎かにならないかという疑念が生まれている様です。
米誌Foreign Affairsが「America’s Indo-Pacific Folly - Adding New Commitments in Asia Will Only Invite Disaster」(インド太平洋という概念の愚かさ- アジアに新しい地域を追加する事は災厄を引き起こす事でしかない)と題した論文を掲載しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Affairs論文要旨
わずか10年前、「インド太平洋」というフレーズは馴染みがありませんでしたが、今日、外交政策の決まり文句へ進化しました。
バイデン政権は、オバマ大統領のアジア政策の立案者であるカート・キャンベルを、国家安全保障理事会で新たに創設された「インド太平洋コーディネーター」として任命しました。
この「インド太平洋」の進化は、厳格な政策論争や慎重な検討の産物ではありません。
「自由で開かれたインド太平洋」というフレーズは高貴に聞こえるかもしれませんが、それを追求することは米国を迷路に導くでしょう。
インド太平洋の概念は、アジアが意味するものを拡張して、インド洋地域を含みます。
インド洋地域は、米国が中国に対抗するために不可欠かという観点から議論の余地のある地域です。
間口を拡大することは、軍事的過剰拡大を助長し、アジアの他の重要な地域から政策立案者の注意をそらす可能性があります。
インド太平洋の概念は、安倍首相がインドでの演説で「太平洋とインド洋は今、自由と繁栄の海としてダイナミックな結合をもたらしている」と述べた2007年にさかのぼります。
スピーチの後、インド太平洋は、日本、インド、そして最終的にはオーストラリアの外交関係者により繰り返し触れられました。
インド洋はこれらの国々にとって重要でした。
21世紀の夜明け以来、日本の戦略家たちは、東アジアにおける中国の力を弱めるために、インドと提携するという考えを静かに推進してきました。
インド太平洋としてのアジアの再構成は、これら3か国すべての利益に貢献しました。
トランプ政権は、アジアについてのこのより広範な話し方を支持しました。
それが北京に対する圧力を追加する事を意味したからです。
これまでのところ、バイデン政権はこの考え方を大々的に導入したようです。
残念ながら、どちらの政権も、中国とプレーの分野を拡大することの意味とリスクについてあまり考えていませんでした。
インド太平洋の最大の問題は、1979年以来戦争が勃発していない東アジアを包含していることです。
この「アジアの平和」は、米国の軍事的存在、経済的相互依存や同盟など多くの要因の産物です。
世界で最も裕福で、軍事化され、人口の多い地域で戦争を防ぐことよりも重要な事が他にあるのでしょうか。
南アジアと東アジアを含めることにより、インド太平洋はアジアの平和を覆い隠してしまいます。
インドとパキスタンは過去半世紀にわたって繰り返し紛争に巻き込まれており、南アジアの政治が東アジアの政治と関連性が無いことを示しています。
それらは異なるゲームです。
しかし、無視されたアジアの平和は、ワシントンがアジアの概念を拡大することで露見する唯一のリスクではありません。
米国は、インド洋地域でその力を過度に拡大するリスクを負っています。
ワシントンは東アジアと太平洋で多くの利益を保持していますが、これらの地域には、5つの米国条約同盟国が含まれています。
これらの同盟は、東アジアだけで80,000人以上の米軍と数十の軍事施設に支えられています。
しかし、米国はインド洋地域に同様な同盟、責任、そして利益を有していません。
インド洋での突然の戦争の勃発に米国が備える必要がある場合、インド洋での海軍のプレゼンスを拡大することは理にかなっています。
しかし、中国の主な紛争はヒマラヤの土地であり、米国の利益に関係のない紛争です。
インド洋での戦争を防ぐための最も確実な道は抑制であり、この地域のより大きな軍事化は誰にも利益をもたらさず、アメリカの納税者にずっと負担をかけます。
過去4年間、多くの米国の同盟国がワシントンの信頼性に疑問を投げかけ、差し迫った地域問題のリストは、台湾に対する中国の圧力の高まりから北朝鮮の暴走する核能力まで、ますます膨らんでいます。
バイデンは、米国の関心領域の拡大を心配する前に、東アジアと太平洋で多くの修復作業を行う必要があります。
上記のいずれも、インド洋を無視するための議論ではありません。
しかし、この地域の相対的な重要性の低さを考えると、低コストで低リスクの活動だけがそこで意味をなします。
クワッドは、期待が現実と一致している限り、間違いなくそのようなイニシアチブとして適格です。
同じことが、ヒマラヤでの中国との最近の小競り合いの際にインドに情報を提供するという米国の決定にも当てはまります。
これは、より良い情報が暴力を思いとどまらせるだろうと信じる理由があると仮定すると、賢明な動きです。
米国はまた、この地域へのカナダ、フランス、イギリスの関与を歓迎する権利があります。
それは、米国に費用がかからず、米国の声を増幅させる可能性があるからです。
米国は、コミットメントなしでインド洋に貢献する方法を探す必要があります。
インド洋は日本やオーストラリアなどの米国の同盟国にとって地理的に重要です。
しかし、同盟国の地理は米国の地理ではありません。
インド太平洋と呼ぶ場合、インド洋を東アジアと同等にみなすならば、それは米国を災厄に導く可能性があります。
米国と日本で異なるインド洋の重要性
どうも、安倍政権が打ち出したインド太平洋というコンセプトに、中国包囲網を想像させるとして、トランプ政権が飛びついたというのが真相の様です。
しかし、この論文が指摘する通り、米国にとってみればインド洋は米国にとって優先順位が低く、面倒みる必要はないというのが本音の様です。
米国にしてみると、日本にとっては中東から石油を運ぶ上でインド洋は重要だけど、米国は日本の代わりにそのシーレーンを防衛するほどお人好しじゃないよという事だと思います。
こうなってくると、日本は米国以外の同盟国、例えば英国やフランスと組んで、中東で石油やガス田を開発し、彼らと共に日本への輸出ルートを守る様な工夫が必要になってくるでしょう。
やはりメジャーにみかじめ料を払わないと虎の子の油は守れないという事なのだと思います。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。