メルケル首相に対する賛否両論
ドイツのメルケル首相は今年首相としての任期を終える予定です。
何と16年も首相として君臨した彼女は、G7サミットでも、最長の任期を誇るリーダーでした。
彼女はドイツのリーダーであるばかりでなく、EUの顔でもあり、過去に様々なEUの危機を乗り越えてきました。
その政治手腕は世界中で高く評価されています。
しかし、彼女にはネガティヴな側面もあると批判する人もいる様です。
米誌Foreign Policyが「The Other Side of Angela Merkel - What the world has misunderstood about the German chancellor.」(メルケルのもう一つの顔 - 世界がドイツの首相について誤解している事)と題した記事を掲載しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Policy論文要約
この夏、メルケル時代は終わります。
ドイツの首相として16年間統治したメルケルは、多くの点で称賛に値します。
彼女が2005年の秋に首相に選出された時、失業率は11%強であり、ドイツは「ヨーロッパの病人」と揶揄されていました。
現在、ドイツの失業率は6%に低下し、欧州連合におけるドイツの政治的、財政的、経済的リーダーシップに疑いの余地はありません。
トランプ、ジョンソン、モディ、ボルソナロ(ブラジル大統領)のようなポピュリストなリーダーに悩まされる時代に、メルケルは合理的で堅実なリーダーシップのモデルを提供しました。
メルケルを評価する人たちは、彼女をヨーロッパの救世主、つまり一連の危機においてEUを導いた安定した信頼できる政治家として描写しています。
彼らは、過去10年間の彼女の役割を次のように語っています。
ユーロ圏の債務危機がEUを崩壊の危機に陥れた時、メルケルは最も打撃を受けたユーロ圏のメンバーを救済するため、国内の抵抗を克服し、大規模な欧州中央銀行の資金投入を支援しました。
ロシアがクリミアを併合した時、彼女は冷静さを保ち、ミンスク合意の交渉を主導しました。
2015年の難民危機の際、彼女は100万人以上の主にシリア難民をドイツが受け入れる事により、彼女の人間性を示しました。
メルケルはまた、EU加盟国がブレグジット交渉中に統一戦線を維持するのを支援しました。
そして2020年の春、彼女はEUが発行した共同債券によって資金提供される7500億ユーロ(約98兆円)のパンデミック復興基金の立ち上げを支援しました。
メルケルについてののこれら賛辞にはいくつかの真実がありますが、それは物事の一部しか伝えていません。
メルケルのリーダーシップには、より暗い側面もありました。
ヨーロッパの危機に取り組む際、メルケルの主な戦略は先延ばしでした。
メルケルはこのアプローチで非常に有名になったため、ドイツの10代の若者は彼女の名前を動詞(メルケルン)に変えました。
これは決断を躊躇することや問題について何も言わないことを示し、流行語になりました。
ユーロ危機からハンガリーとポーランドの法の支配の危機まで、彼女の戦略的不作為は深刻な問題を引き起こしました。
問題は彼女の先延ばし戦術だけではありません。
はるかに厄介なのは、彼女の政策の中身でした。
民主主義と人権の価値またはEU内の連帯よりも、ドイツの商業的利益を優先することとして定義される「重商主義」と簡単に定義できます。
ハンガリーのオルバーンがEU初の独裁政治を構築したときの支援から、欧州の敵であるはずのロシアと中国への積極的な求愛まで、メルケルはドイツの利益をヨーロッパの原則と価値観よりも優先する傾向がありました。
これはユーロ危機にも当てはまり、EUの救済措置は、ギリシャとポルトガルの労働者を犠牲にしてドイツの銀行家に利益をもたらす皮肉な構造になっています。
彼女の最も大胆な道徳的リーダーシップとされる2015-16年の難民危機の瞬間でさえ、他のEU加盟国に移民を受け入れさせる事を説得できず、トルコとの不愉快な「金による」取引に頼りました。(注:中東の難民を欧州領内に入らせない様にするため、EUがトルコに多額の資金を提供した取引を指す。)
1990年代後半から2000年代初頭にかけて、メルケル首相が首相に就任する前は、EUは自らを「規範的」勢力として表現していました。
EUの指導者たちは、軍事超大国の特質を欠いているが、民主主義、法の支配、人権、社会的連帯などの規範を促進することによって世界的なリーダーシップを発揮できるという考えを熱心に推進しました。
メルケルの16年間で、そのような高尚な規範は色あせました。
彼女は、民主主義と人権を擁護するのではなく、独裁者を受け入れ、南欧諸国に緊縮財政と痛みを伴う改革を課すようにEUに働きかけました。
彼女のアプローチの結果は、1990年代半ばに始まった南北間の経済収斂プロセスの突然の逆転として現れました、
2010年以降、EU内の中核国と周辺国の間の生活水準が再び分岐し始めました。
彼女は、ヨーロッパを代表する極右の権威主義者であるハンガリーのオルバーン氏の後援者でした。
メルケルは、政治的理由と商業的理由の両方でオルバーンを保護しました。
今年の3月まで、メルケルの党であるCDUとオルバーンのフィデスは欧州人民党(EPP)のメンバーとして同盟を結んでいました。
オルバーンの一派は、欧州議会でEPPに投票し、メルケル首相の推すデアライエンを欧州委員会委員長に選出するのを支援しました。
その見返りに、彼女は彼をEUの非難から守りました。
しかし、両者の同盟は、政治面だけではありませんでした。
オルバーンは、アウディ、メルセデス、BMWなどのドイツの自動車会社を特別扱いしました。
メルケルは、オルバーン政権との良好な関係がドイツの商業的利益に如何に役立つかを認識し、EUの批判から彼を保護するために彼女の多大な影響力を利用しました。
メルケルは、ヨーロッパの戦略的ライバルであるロシアと中国との取引においても、より大きな利益を上げました。
EUと米国からの強い反対にもかかわらず、彼女はNord Stream2ガスパイプライン(ロシアからドイツへのパイプライン)を追求すると決意しました。
習近平の中国との取引に関しても、同様に「理念よりも利益」のアプローチを追求してきました。
確かに、彼女は、香港での民主主義抗議者に対する北京の攻撃や新疆ウイグルの問題に懸念を表明しました。
しかし、メルケルは、昨年末にEU理事会の議長国になったタイミングを利用して、EU-中国投資協定を急いで通過させました。
メルケルは、ドイツ企業の利益を重視して、中国との取引を支援してきました。
ドイツとヨーロッパの両方でリーダーシップの真の変化を求めるのであれば、40歳のアンナレーナ ベアボックが率いる緑の党がこの秋に権力を握る必要があります。
ベアボックがドイツの新しい首相になった場合、ユーロ債の大幅な政策転換、そしてより一般的には重商主義からの転換が間違いなく行われるでしょう。
緑の党は、EU諸国との連帯を重視して思い切った財政出動を行い、ヨーロッパの独裁政権に立ち向かい、ノルドストリーム2を中止し、中国の人権に対してより厳しい姿勢を取りたいと考えています。
将来、私たちが過去を振り返った時、メルケルの最大の置き土産は、女性の政治的リーダーシップへの扉を開いた事だったと思うかもしれません。
ドイツの重商主義を代表するメルケル首相
この論文は普段日本のメディアが描くメルケル像とは違う一面を見せてくれて新鮮でした。
彼女がハンガリーの独裁政権を支援していたとは知りませんでした。
この著者が指摘する様に、メルケル首相は欧州の首脳の中でも「理念より利益」を重視するところがあります。
彼女は歴代ドイツ首相の中で最も中国訪問回数が多いですし、プーチン大統領との個人的関係も深いものがあります。
しかし、彼女が重商主義者であるというより、ドイツという国そのものが理念より経済的利益を重視する傾向があり、それを代表しているのがメルケル首相と言えると思います。
民主主義国家が団結して権威主義国家に対抗しようと言うバイデン政権の作戦において、EUのリーダーであるドイツが今後どの方向へ進むかは非常に重要です。
メルケル首相の後任が誰になるか注目しましょう。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。