中国の戦略を担う男
中国が経済開放路線に舵を切って以来、その成長には目覚ましいものがあります。この成長戦略を描いたのは誰でしょうか。
その中心人物として注目される人物が存在します。
それは現在、七人しかいない政治局常任委員の一人である王滬寧氏です。
彼は過去三代の主席(江沢民、胡錦濤、習近平)の知恵袋として仕え、米紙ウォールストリートジャーナルは彼のことを「カール・ローブとヘンリー・キンシャンジャーを一緒にした様な存在」と形容しました。
奥の院で中国のグランドデザインを描くこの人物に関して英誌Economistが「Wang Huning’s career reveals much about political change in China - He has shaped the leaders’ defining policies for more than two decades」(中国の政治の変遷を反映する王滬寧の経歴- 20年以上にわたり中国主席を輔弼)と題する記事を掲載しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Economist記事要約
1989年の天安門広場事件の前年、中国では国をリベラルにする方法について議論が高まりを見せました。
一部の知識人に、西側はモデルを提供しました。
同時期、ソ連では、ゴルバチョフが如何にスタートを切るかを示しました。
そんな中、1988年8月、ある中国の政治学者が半年間の研究のためにアメリカに到着しました。
彼はアメリカが多くの問題を抱えていることを知りましたが、同時に称賛すべき点も多く見出しました:
特に大学、イノベーションそしてスムーズな権力の移行です。
32歳の共産党員は資本主義を「過小評価すべきではない。」と書きました。
その学者である王滬寧は現在、共産党の最高統治機関である政治局常任委員会の7人のメンバーの1人です。
彼はイデオロギーとプロパガンダの責任者として、「中国は真の民主主義を実践しており、アメリカは偽物であり、アメリカは衰退している。」というメッセージを打ち出しています。
アメリカとの激化するイデオロギー戦争に奔走する党にとって、このメッセージは驚くべきことではありません。
しかし、 彼の初期の著作を見れば、彼は偏狭なナショナリズムに囚われていませんでした。
彼はアメリカのシステムに弱点を見ていましたが、それらを誇張しませんでした。
彼は中国にも問題が存在することを認識していました。
さらに驚くべき事は、彼は三人の異なった指導者の下で党のメッセージを作り続けてきた事です。
中国の現在の統治者である習近平は、彼が古くからの仲間ではないにもかかわらず、彼を信頼し、かけがえのない役割を任せています。
国営新聞は彼を党の「ナンバーワンアドバイザー」と呼びました。
彼が舞台裏で何をしているのかは闇に包まれています。
唯一ヒントを与えてくれる香港の共産党に近いメディアによれば、、江沢民の「3つの代表」(民間起業家の党への入会をめぐるタブーを取り除いた)から胡錦濤の「科学的発展観」そして習近平の、豊かで軍事的に強く、世界のリーダーになるという「中国の夢」に至るまで全て王氏の手にかかったものの様です。
三代の主席に重用されるという事は、政治的な綱渡りが必要だったかもしれません。
1995年に上海の復旦大学から王氏を北京の党本部に登用したの江沢民でした。
現在、江沢民と胡錦濤は習近平の粛清の対象になっています。
政治家ではなく学者であることが王氏が党の権力抗争を乗り越えるのを助けたかもしれません。
すべての派閥は、理論家としての彼のスキルと、それらを柔軟に使用する能力を評価しています。
王氏が本当に何を考えているのかを知ることは不可能です。
王氏が政治局常任委員会に昇格した翌年の2018年に、習近平氏が規則を変更して、中国の指導者が無期限に政権を維持しやすくしたとき、彼はどのように反応したでしょうか。
1991年に出版された彼のアメリカ滞在についての著作「America Against America」の中で、王氏は、政治システムが権力を移行する方法を考案しなかった場合、その国は永続的に安定するのは難しいだろう」と述べています。
しかし、王氏が現在習近平氏が推進しているキャンペーンを信じていると仮定すると、彼の知的冒険はこの本を書いた時点で終わったのかも知れません
1980年代末期以降、多くの変化がありました。
第一に、1989年の天安門事件に代表される民主化の混乱は、党の政治改革の話をほとんど終わらせました。
その後、他の国々で共産主義体制が崩壊しました。
そして 1990年代のこの国の経済ブームは、国を安定させることができる強力な政党の魅力を後押ししました。
今年の終わりに、党は5年に一度の会議を開催します。
そこでは、習近平主席が党の指導者であり続けることが明らかになるでしょう。
その会議後に王氏に何が起こるかは明らかではありません。
彼は66歳で、さらに5年間政治局常任委員会にとどまるのに十分な若さです。
しかし、おそらく、王氏は引退の準備ができています。
「人が長い間仕事をしていると...彼の考えは徐々に固定され、オープンマインドを欠く様になるでしょう」と彼は1994年の彼の日記に書きました。
習近平主席への無条件の献身を執拗に要求する中国のプロパガンダは、固定的思考が政治システムに浸透した問題であることを示唆しています。
中国で権力移行は可能か
ベルリンの壁が崩れ、ソ連が崩壊した際に、西側諸国は中国の共産党政権の崩壊も近いと予測しました。
しかし、その予測は見事に外れました。
ソ連や東欧の共産主義国家が崩壊したのは、市場経済をうまく導入できなかった事が主因である事を示し、経済解放を見事に果たした中国と好対照を示しました。
政治は強権の一党独裁、経済は自由な市場経済というハイブリッド国家を中国は実現し、貧困に喘いでいた国民の多くを貧困レベルから解放しました。
西側の予測を見事に外させた中国政府の中枢には、王滬寧氏の様な優秀な官僚が存在している事は間違いありません。
秦の始皇帝以来の中央集権官僚システムを侮ってはいけないと思います。
チャーチルが指摘した様に、西側の民主主義システムは多くの欠点を有していますが、権力の移行を選挙によってスムーズに行えるという点がこの政治システムの優位性だと思います。
しかし、昨年の米国での国会議事堂襲撃事件にみられる様に、西側の民主主義も揺らいでいます。
中国は西側の民主主義が抱える問題を間違いなく突いてくるでしょう。
筆者の推測では、王氏は現在次の様に考えているのではないでしょうか。
「中国は一党独裁であるが、共産党の中には多くの異なったグループがあり、激しい政策論争を繰り広げている。そして派閥間の権力移行も過去にスムーズに行われてきた。『選挙は盗まれた』と唱えて、権力にしがみつこうとしたトランプなどよりは遥かにまともだ。今回の習近平主席の任期延長は、米国との対立という文脈の中で、党内抗争に明け暮れる場合ではないという例外的な判断である。」
米国のメディアでは、「中国恐るるに足らず」と楽観視する報道も多いのですが、王氏の様に米国留学で米国の強みと弱みを認識した中国人は数百万人に上ります。
油断すれば敗北する可能性があります。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。