あっという間の政権崩壊
シリアのアサド政権はあれよあれよと言う間に崩壊しました。
ロシアとイランの支援を受けてしぶとく政権を維持してきたアサド大統領は何故これほどあっけなく政権を放り出してしまったのでしょうか。
今思えばハマスのイスラエル奇襲攻撃が今回の中東の地殻変動の始まりだった様な気がします。
これがイスラエルのハマス、ヒズボラへの攻撃を誘発し、シリアにおけるイランの存在感が希薄になった所にウクライナ戦争で手が一杯のロシアの窮状が重なった事が今回の転覆劇に繋がったと思われます。
ロシアとイランという鬼の居ぬ間にシリアで存在感を高めたのはトルコでした。
今回の政変劇においてトルコが果たした役割そして今後の展望について米誌Foreign Policyが「In Post-Assad Middle East, Iran’s Loss Is Turkey’s Gain」(アサド政権後の中東では、イランの損失はトルコの利益となる)と題した論文を掲載しました。
著者はジョンホプキンス大学教授のVali Nasr氏です。かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Policy論文要約
イスラエルによるヒズボラの壊滅からアサド政権の崩壊まで、レバノンとシリアでここ数週間に起きた大惨事は、中東に新たな章を開いた。
この地域におけるイランのいわゆる抵抗軸の崩壊は、この地域に平和と安定の時代が訪れる前兆となるかもしれない。
しかし、より起こりそうな結末は、イランとその同盟国の衰退によって生じた空白を埋めるため、地域内の競争が激化することだろう。
ヒズボラの崩壊はイランとイスラエルの力関係を変え、アサドの崩壊はイランをさらに弱体化させた。
しかし、より重要な結果は、トルコとその他の国々の間の力関係の変化である。
アサド政権の急速な終焉は、シリアにとって転換点となる。
アサドを支えてきたイランとロシアにとっては屈辱的な敗北でもある。
ロシアはアフリカへの足掛かりとして利用してきた軍事基地を失う可能性があり、イランはレバノンへの陸路としてのシリアを失うことになる。
アサドの終焉とイランの敗北を熱狂的に祝うだけでは、すべてを語っているわけではない。
シリア反政府勢力による12日間の電撃戦は、トルコによる巧みな権力闘争と見ることもできる。
トルコはロシアとイランに取って代わり、シリアにおける支配的な外部勢力となった。
2023年9月にアルメニアからナゴルノ・カラバフ飛び地を奪還する電撃的な行動を含め、トルコのアゼルバイジャンへの強力な支援により、イランはその競争に事実上負けた。
シリアでの結果に勇気づけられたトルコが、アゼルバイジャンとアルメニアをトルコに結びつけるザンゲズール回廊貿易ルートの支配権を主張するためにアゼルバイジャンを支援した場合、イランはコーカサスから完全に切り離されることになる。
イランにとって、これは16世紀から20世紀にかけてイランが苦闘したオスマン帝国のコーカサスとレバントの支配の再現のように見えるかもしれない。
皮肉なことに、イランの主な敵であるイスラエルも、シリア情勢の変遷を懸念する理由がある。
台頭するHTS主導の政府は、シリアで権力を固めれば、イスラエルによるゴラン高原の併合を拒否し、パレスチナ人の窮状についても中立を保たないだろう。
パレスチナ人とスンニ派アラブ人のつながりは、イランやヒズボラとの繋がりよりも強い。
エジプトやヨルダンからペルシャ湾岸諸国に至るまでのアラブ諸国にとって、シリアでのHTSの勝利は、打ち負かしたと思っていたアラブの春の危険な復活のように見える。
これらの蜂起は、民主主義と良い政府を求める声でアラブ世界の権威主義に挑戦した。
イスラム主義政党はすぐに彼らを支持したが、その中には民主主義を受け入れる者もいれば、厳格なイスラム国家を目指す者もいた。
トルコのエルドアン大統領は、アラブ世界の未来がイスラム民主主義という自身のビジョンを反映していると見て、アラブの蜂起を歓迎した。
その見返りとして、多くのイスラム主義政党はトルコを自分たちのインスピレーションと支援源として受け入れた。
アラブ諸国は自国におけるムスリム同胞主義を鎮圧するために懸命に戦い、それがトルコに敵対する国々を結集させた。
結局、アラブ諸国が勝利した。
トルコにとってシリアほど危険だった国はなかった。
トルコはムスリム同胞主義政党を含む反政府勢力の一部を積極的に支援し、内戦から逃れてきた数百万人の難民を歓迎した。
その戦いで、アサドを退陣させようとするトルコの努力を挫いたのはロシアとイランだった。
アサドをイランの顧客とみなしたアラブ諸国は彼に背を向けたが、それでもアサドがしぶとく生き残った事はムスリム同胞主義の台頭を防ぐというアラブ諸国の目標によく合致していた。
アラブ諸国にとって憂慮すべきことに、この勝利はアラブの春の遅れた章であり、重要なアラブ国家を支配する政治勢力としてのムスリム同胞主義の復活という形をとっている。
ある地域大国の勢力が台頭すれば、必然的に再編が招かれ、その後、それを封じ込めて逆転させる戦略が生まれる。
そうした取り組みはシリア国内の亀裂を利用するだろう。
シリアにはイスラム主義や民族主義の勢力が活動しており、クルド人勢力も同国の北東部を支配している。
長年の苦難の後、シリアにとって最善の結果は、戦争で荒廃した国の再建に重点を置く、強く安定した国家になることだ。
しかし、シリアが地域間の対立の渦に巻き込まれれば、外部勢力間の競争によって国が分裂し、苦しみが長引いているリビアと似たような未来が待ち受けているかもしれない。
トルコの果たす役割
今回のシリアでの政変に関して二つ注目すべき点があります。
一つはトルコがロシアとの戦いにおいて勝利を納めるケースが最近増えている事です。
この二国が直接戦火を交えるわけではありませんが、アゼルバイジャンとアルメニアが戦ったナゴルノ=カラバフ戦争で決定的な勝利を収め、今度のシリアでの戦いでもトルコが勝利した事で、勝敗がより明白となりました。
日本のメディアではプーチンとエルドアンが繋がっており、トルコはロシア寄りだとする論調が見られますが、実はこの2カ国は水面下で火の粉を散らしています。
オスマン帝国の時代から10回以上も戦火を交えているロシアこそ、トルコにとっては今も仮想敵国ナンバーワンなのです。
それでは最近トルコが優勢な理由はなぜでしょう。
色々な要因があるかと思いますが、やはりトルコの国力(産業力)が強まってきている事が挙げられると思います。
ナゴルノ=カラバフ紛争でその名を世界に知らしめたトルコBaykar社製のドローンはウクライナ軍にも使われ、ロシアを苦しめています。
ウクライナ戦争で国力を減退させたロシアは今後も中東、アフリカへの進出を試みるたびにトルコという厳しいライバルの存在を思い知らされるでしょう。
もう一つ注目すべき点は、今後シリアにどの様な政府が構築されるかです。
ロシア、イランが弱体化したシリアにおいて、主導権を握るのはトルコそしてアラブの大国であるサウジ、カタール、エジプトなどでしょうが、彼らがシリアの新政権について意見が纏まるかそう簡単ではなさそうです。
ご記憶かと思いますが、トルコはイスラム同胞主義を支持しており、エジプトで民主的な選挙で選ばれた大統領がシシ大統領の軍事クーデターによって葬り去られた事を厳しく避難しました。
サウジを始めとしたアラブの王族達もイスラム同胞主義がシリアで定着し、他国に影響を与える事を憂慮しています。
トルコとアラブの国々がシリアの新体制作りでどの程度折り合えるかが注目すべき点といえるでしょう。
最後まで読んで頂き、有難うございました。