封鎖された国境検問所
ハマスの奇襲攻撃を契機に中東は再び一触即発の状態となっています。
イスラエルは百万人を超えるガザ地区の住民に南部への即時移動を要求していますが、爆撃が続く中これだけの多くの住民を短期間に移動させる事は不可能です。
「天井のない監獄」と呼ばれるガザ地区の南部はエジプトと国境を接しています。
普通に考えればエジプトとの国境を解放して、エジプトが難民を受け入れれば事は解決すると思えるのですが、エジプト側は難民受け入れを厳として受け入れない様です。
なぜでしょうか。
この疑問に答える形で米誌Foreign Policyは「Why Egypt Won’t Open Its Border With Gaza」(なぜエジプトはガザとの国境を解放しようとしないのか。)と題する記事を掲載しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Policy記事要約
10月7日の攻撃でハマスが少なくとも1,300人を殺害したことを受け、ハマスを一掃する試みとして、イスラエル軍の空爆によりガザ地区のパレスチナ人居住区2万2,000戸以上が破壊され、過去10日間で約3,000人が殺害されました。
イスラエル軍は先週、民間人110万人にエジプト国境に向かって南に避難するよう命令しましたが、これは事実上、ガザの人口の半数の避難を意味します。
一方、エジプトメディアによると、エジプトはラファ国境検問所に数百人の治安部隊を派遣し、ガザ地区の230万人がシナイ半島へ流出することを恐れ、パレスチナ人をガザ地区からエジプト国内に移動させようとするイスラエルと米国の圧力に抵抗しています。
既に反政府勢力と戦っている エジプト政府は、膨大な数の難民に対する責任を引き受けることと、自国の領土を利用してイスラエルを攻撃したり陰謀を企てたりする過激派のリスクを恐れています。
フィナンシャル・タイムズ紙が指摘したように、「エジプト政府は、自国の領土からイスラエルと戦うことを望む過激派が含まれる可能性のある亡命コミュニティを取り締まりたくないだろう。」
エジプトはイスラエルとともに、唯一の非イスラエル側出口であるラファ交差点からのガザ地区封鎖を16年間維持してきました。
ヨルダン、トルコ、アラブ首長国連邦などの中東諸国は人道支援を呼び掛けていますが、約100台の援助トラックが国境のエジプト側で立ち往生しています。
エジプトは、ガザ側でのイスラエルの空爆によりラファ国境が使用不能になっており、援助輸送車が砲撃されないという保証がない限り国境を開放しないと述べました。
イスラエルは、ハマスに拘束されている人質が解放されない限り、援助のための一時停戦を拒否しています。
イスラエルは食料、水、燃料の供給を遮断しており、ガザの病院は崩壊の危機に瀕しています。
政治的な要素もあります。
多くのエジプト人は、ガザに援助を送る代わりにすべてのパレスチナ人に国境を開放すれば、イスラエルが民族的に浄化されたガザ地区を永久に占領し、難民危機の負担をエジプトに押しつけるのではないかと懸念しています。
この懸念には一定の根拠があります。
イスラエルは以前、パレスチナ国家を樹立するためにエジプトに対して領土の一部を割譲するよう提案しました。
パレスチナ人にも恐れる理由があります。
過去のイスラエル・パレスチナ紛争でアラブ諸国へのパレスチナ人の追放は例があるからです。
イスラエル建国のきっかけとなった1948年の戦争中に故郷を逃れた人々の子孫の多くは、今も近隣諸国の難民キャンプや、ガザに住んでいます。
先週の水曜日、カイロでアラブ連盟の緊急会合が開かれた後、加盟22カ国からなる連盟は、パレスチナ人を再び近隣諸国に追いやるあらゆる試みを拒否することで合意しました。
アラブ連盟のゲイト会長は、グテーレス国連事務総長に対し、「イスラエルによる人口移動の狂気の試み」を非難するよう緊急に訴えました。
エジプトのシシ大統領は、パレスチナ闘争を「すべてのアラブ人の大義」と表現し、「(パレスチナの)人々が毅然として自分たちの土地に存在し続けることが重要だ」と述べました。
この感情はエジプトの宗教団体や国民も共有しています。
12月の再選を目指すシシ大統領にとって、大規模な難民流入は越えられない一線です。
エジプトの議員らは、これは安全保障上のリスクだけでなく、破産寸前であり、30億ドルのIMF援助を受けている経済にとって不可能であると見ています(カイロは現在、IMFに追加の支援を求めています)。
エジプト当局者らは、同国はすでに30万人のスーダン難民を受け入れていると述べました。
シシ氏はパレスチナの将来について話し合う国際首脳会議を土曜日に開催するよう呼びかけましたが、米国議員らはほんの数週間前、シシ政権下での人権問題と、賄賂の問題を理由に米国からの援助金を差し止める決定を下したばかりです。
カイロは現在経済的に弱体化していますが、イスラエル・ハマス戦争は仲介国としてのエジプトの重要な役割を思い出させます。
米国政府はエジプトと協力する必要があるため、さらなる援助を約束し、エジプト自身の人権侵害を見逃す必要性が高まっています。
行き場のないパレスチナ人
エジプトがパレスチナ難民を受け入れたくない理由は要約すると次の三つになりそうです。
- エジプトも経済的に疲弊しており、大量の難民を受け入れる余裕がない。
- エジプトは国内で反政府派との対立を抱えており、過激派を含む可能性の高い難民を受けれたくない。エジプト国内からイスラエルを過激派が攻撃したりすれば、イスラエルからエジプトが攻撃を受ける羽目になりかねない。
- パレスチナ難民を受け入れれば、イスラエルはそれを既成事実としてエジプト国内にパレスチナ国家を樹立しろと圧力をかけてくる可能性がある。
これは三つとも受け入れるのが難しい問題であり、米国が仲介役として現在動いていますが、エジプトを納得させるのは非常に難しいと思われます。
イスラエルは人質解放交渉を行っていると思いますが、時間との戦いであり、いずれイスラエルはガザ侵攻に踏み切るものと思われます。
そうなれば民間の犠牲者は更に増加し、アラブ諸国にはイスラエルに対する強い憎悪が生じるでしょう。
どこにも逃げ場がないパレスチナ難民は、イスラエルの容赦ない攻撃を待つばかりというのが現状ですが、何か方策はないものでしょうか。
難民の受け入れという点で、シリアだけでも400万人、その他イラクやアフガンの難民を加えれば総数500万人以上を受け入れたトルコの寛容性は注目すべきと思います。
難民は教育や医療の面でもトルコ人と同等のサービスを受けています。
トルコ人は自分たちの生活も苦しいのに、これだけ多くの難民を受け入れた事に複雑な感情を持っていますが、困っている人には手を差し伸べるというトルコ人の国民性が大量の難民を受け入れました。
そういう国が近隣諸国に出てくれば良いのですが、他国が難民を受け入れれば、イスラエルがそれを良い事にパレスチナ人をガザから追放してしまうという問題がある為、この問題はそう簡単に片付きそうもありません。
中東は再び大きな火種を抱え込む事になってしまいました。
最後まで読んで頂き有り難うございました。