司令官のEconomist誌への寄稿
昨年11月1日にEconomist誌が独占記事として発表したウクライナのザルジニー司令官の寄稿は大きな反響を呼びました。
西側が期待していたウクライナの反攻が成功せず、戦線がこう着状態である事を明らかにしたからです。
ゼリンスキー大統領はこう着状態では無いと司令官の発言を直ちに否定しましたが、司令官の主張を大統領が否定するという事態は逆に二人の権力者の間の溝を印象付ける結果となりました。
そして遂にザルジニー氏の解任が先日発表されました。
この解任について当のEconomist誌が「The dismissal of Valery Zaluzhny is a crucial new phase in the war」(新たな戦争の局面を招いたザルジニー将軍の解任劇)と題する記事を掲載しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Economist誌記事要約
何週間も噂されながらも公表されなかった事実を表すのに、ニュースという言葉は決して適当な言葉ではありません。
それでも、2月8日、ゼレンスキー大統領が、遂にザルジニー司令官の解任を発表した事は重大なニュースでした。
この解任は戦争の新たな局面を示しており、ゼレンスキー氏は間違いを犯す危険にさらされています。
俳優から政治家に転身した彼と、百戦錬磨の司令官との違いは元からありましたが。 2022 年 2 月にロシアが侵攻した後、これらの違いは重要ではなくなり、むしろ強みでさえあったかもしれません。
ゼレンスキー氏は、ロシアの侵略への屈服を拒否する同国の反抗姿勢を代表し、ザルジニー将軍は戦闘に集中しました。
しかし戦線が膠着し始めてから、二人の間に摩擦が生じました。
二人の関係が悪化するにつれ、戦場で何をすべきかについても意見が対立するようになったのは周知の事実です。
ゼレンスキー氏は、昨年失敗に終わった反攻の責任をザルジニー司令官に負わせました。
彼らはウクライナ軍にさらなる戦闘計画を立て、より多くの軍隊を動員するという不人気な重荷を引き受けるよう彼に迫りました。
司令官は彼らの主張を拒否しました。
彼は、十分なリソースを与えられなければ、次の反撃の計画を立てることはできないと主張しました。
社会を動かすのは政治家の責任だ、と彼は言いましたが、それは正しい主張でした。
戦争では、政治家と軍人がお互いに相手を低く評価する事は珍しいことではありません。
しかし二人の関係を本当に破滅させたのは、戦争目的に関する大統領の見解の変化でした。
エコノミスト誌が侵攻からわずか数週間後にゼレンスキー氏に初めてインタビューした時、同氏は、ウクライナは領土よりも人命に大きな価値を置いていると語りました。
しかし最近になって、ゼレンスキー氏の戦争目的は、ウクライナの占領地域全体を奪還するという事になってきました。
この戦争目的が達成できないことが明らかになるにつれ、ゼレンスキー氏の司令官に対する焦りは高まりました。
彼とその取り巻きたちはザルジニー司令官の人気に脅威を感じていました。
それが彼が大統領官邸に権力を集中させようとした理由の一つでした。
司令官が去ったのは正しいことだったでしょう。
民主主義では軍人は政治家に従属しなければなりません。
今後の 問題は、大統領と、陸軍司令官から昇進したウクライナ軍の新たなトップであるシルスキー将軍が今後どうするかです。
ゼレンスキー氏にとってのリスクの一つは、尊敬を集める司令官の解任によって軍内で不平不満が広がる事でしょう。
シルスキー将軍は、代償が高くついても、敵と交戦することで知られています。
彼のプロ意識を称賛する人もいるが、彼は部下を怖がらせ、恐怖で支配しているという人もいます。
彼は大統領の方針に異を唱える可能性は低いと思われます。
彼は指揮の方法を和らげる一方で、権力者に対して真実を語ることを学ばなければならないでしょう。
シルスキー将軍が主に防衛のために軍隊を使用するとしても、近いうちに新たな動員を必要とするでしょう。
最も重要な問題は、ゼレンスキー氏がザルジニー将軍の解任を契機として、戦争へのビジョンを再構築できるかどうかです。
彼は今日でも、ウクライナがロシア軍に占領されている土地を全て取り戻すという約束を公の場で守り続けています。
しかし、まったく予期せぬ事態が起こらない限り、領土を目的とした戦争はウクライナにとっては勝てない戦争です。
したがって、ゼレンスキー氏は自身のビジョンを再構築する必要があります。
今後の長期戦で自国を維持するために、ウクライナは回復力を高める必要があります。
軍事用語で言えば、これは防空と砲兵力の向上、そして修理を行う能力を意味します。
経済面では、ウクライナは援助だけでなく投資も呼び込み、輸出するものにより多くの価値を与える必要があります。
ウクライナは、民主的な西側傾国である限り、この血なまぐさい紛争の勝利者として浮上するでしょう。
ゼレンスキー氏の政府はそれを実現するために研ぎ澄まされた集中力を必要としています。
その点に関して、大統領と司令官の間に意見の相違はないはずです。
戦時報道の難しさ
Economist誌は、ザルジニー司令官の主張を記事にできるという情報が入った時、色めきたった筈です。
ウクライナ戦争の真相が暴露されるわけですからとくダネ中のとくダネです。
一方、ザルジニー司令官の主張が多くの問題を引き起こす可能性も認識していた筈です。
最終的にEconomist誌は掲載に踏み切りました。
この記事は彼らの狙い通り世界中の注目を集めました。
しかし結果として何が起きたかと言えば、大統領と司令官の関係が急速に冷え込み、国民の信頼を集めていた司令官が解任されました。
ウクライナの反攻が成功していないことが明るみに出た事も相まって、西側諸国のウクライナ支援に冷水を浴びせたと言っても過言ではありません。
戦時の報道というのは本当に難しいですね。
今頃Economistの編集長はウクライナに世界中から支援を集めようとして沢山の記事を書いてきたのに、たった一つの寄稿文が全てをぶち壊してしまった事を悔いているかもしれません。
最後まで読んで頂き有難うございました。