昨日のブログで、独フィンテック企業ワイヤーカード社の会計不正疑惑について触れましたが、このスキャンダルについて、英紙「Financial Times」に続いて、英誌「Economist」が「ワイヤーカード社の事件が空売りの効能に光を当てた」と題して興味深い分析を行っています。かいつまんでご紹介したいと思います。
空売りの効能を再認識させた事件
アメリカのハイテク企業の成功を羨むドイツ人は、2018年に自国のデジタル決済会社であるワイヤーカード社の時価総額が、240億ユーロ(約2.9兆円)に達した際に、喝采を叫びました。しかし、今、経済大臣が「ドイツの恥」とまで呼んだスキャンダルに、彼らは屈辱で顔を赤らめています。
欧州のフィンテックチャンピオンであるように思われたこの会社の社長は、不正会計と市場操作の疑いで逮捕され、会社は経営破綻しました。
ワイヤーカードの場合、国の規制当局や大規模な投資家は、会社の話に魅了されて、会計不正を発見することができませんでした。
借り入れた株式を売り、後で低価格で買い戻すことで、お金を稼ごうとするShort Seller(空売り屋)からの警告に耳を傾けていれば、年金基金の投資家は数十億ドルの損失を回避できたはずです。
同社の会計に関する疑念は2015年から渦巻く様になりました。
過去18か月の間に、フィナンシャルタイムズは空売り屋や内部告発者からの情報を得て、頻繁に記事を掲載しました。
これらを真剣に受け止める代わりに、ドイツの規制当局者であるBaFinは、ワイヤーカード社の言い分を信じ、同社を批判するものに対し攻撃することに熱心でした。
同社の株式は、空売りを一時的に禁じられ、市場操作の疑いでBaFInはFTジャーナリストに対する刑事訴訟を起こしました。
ドイツ銀行など大手銀行と投資家は、ワイヤーカードを支持しました。
多くの人は入念な調査を行わず、代わりに売り手側ののアナリストを信じました。
ドイツのメディアは、ほとんどの場合、「ワイヤーカード社はアングロサクソンの略奪者による悪質な陰謀の犠牲者である」という同社の説明を鵜呑みにしました。
市場関係者が、皆、同じ方向を向いている時、空売り屋が持つ様な懐疑論は役に立ちます。会社の経営者は、株主よりも信頼できると頑固に信じ込んでいるドイツの様な国では、尚更そうです。
株価の下落に賭ける空売り屋は、長い間疑いの目を向けられてきました。
空売りの禁止は17世紀のアムステルダムにさかのぼります。
しかし、空売りが市場を不安定にするという議論は、株式市場の過熱を招きかねません。過熱した際には、市場に水を掛ける必要があります。
過去1年の間に、スターバックスの様になろうとしたLuckin Coffeeの事件など、数多くの詐欺を空売り屋は発見しています。
空売り屋は、詐欺を発見するだけではありません。合法的な企業が過大評価されている場合にも役立ちます。
過去の詐欺事件の多くは、空売りへの許容度が低い国で発生しています。今回ワイヤーカード社もフィリピンやドバイ等多くの国を利用しました。
空売り屋はいつも人気がありません。彼らは人が損しているときに儲けるのですから。しかし、空売り屋が市場を健全に保つことができない場合、誰も勝ちません。
英国を支える分厚い人材
以上が、Economistの記事概要ですが、この様な英国側の分析を読むにつけ、英国側がドイツに対して勝利宣言をしている様にも思えます。
「ドイツの皆さん、車を作るのと、世界中のお金を集めて運用するのは、全く別の代物ですよ。今回の事件でおわかりになったでしょう。」と言っている様に聞こえます。
確かに、今回の事件は、英国の持っている優位性に気づかせました。
金融ハブというものは一朝一夕には出来ません。
巨額のお金が集まる訳ですので、そこには詐欺師を含め、悪意を持って市場に参入する人たちが沢山いる筈です。
こういう人たちを、どの様にあぶり出し、嘘を見破るかですが、金融当局だけではなく、市場に関わる様々なプレーヤーに、経験に基づいた洞察力が求められます。
この観点では、ロンドンの金融街は非常に分厚い人材に支えられています。
金融当局はもちろんですが、市場のWatchdogとして、金融専門のジャーナリスト、アナリスト更には、保険業者、弁護士事務所、会計事務所等全てに経験を積んだ一流の人材が存在しているのです。
そして、今回取り上げたShort Seller(空売り屋)です。彼らは他のWatchdogと違い、自らのお金を賭けていますから、調査の真剣度も格段に違います。
これはフランクフルトやパリが簡単に置き換えられるものではありません。
もう一つ英国は切り札を持っています。それは英語です。
もちろん、欧州の大陸側でも英語は使われていますが、あくまでも外国語です。
世界の共通語である英語で仕事もプライペートも通せるという利点は非常に大きく、今シティで働いている優秀な人材の多くは、高給を提示されても、ロンドンに残ることを選択することでしょう。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。