突然の二国間国交樹立
UAE(アラブ首長国連邦)とイスラエルが米国の仲介で国交を結んだというニュースには驚かされました。
UAEと言えば湾岸諸国の中心国であり、アラブの連帯を掲げてパレスチナの独立運動を支援し、イスラエルを激しく非難していた国です。
そのUAEが犬猿の敵である筈のイスラエルと国交を結ぶというのは本来あり得ない話です。
このニュースは、日本ではあまり注目を浴びていませんが、各国のメディアはいずれもトップニュースとして取り上げています。
今回の両国の国交樹立の背景には何があるのか、今後の展開はどうなるのかという点について、各国メディアの報道をご紹介したいと思います。
各国の報道
米ウォールストリートジャーナル社説要約
トランプ大統領の中東戦略は、イスラエルを強く支持し、ペルシャ湾岸の王族政権を支援し、イランの全体主義に強く対抗するというものです。
リベラル派の反トランプ勢力は、こうした戦略が壊滅的事態を招くと主張してきましたが、決してそうはなりませんでした。
そしてこの戦略は13日、外交的成果を生みました。UAEとイスラエルが国交正常化で合意したのです。
オバマ前大統領はイスラエルと湾岸諸国を遠ざけ、イランとの合意を目指しました。
しかし、イランは普通の国になる事を望まず、その革命政権はシリアやイエメン、レバノンで軍事的影響力を拡大し、イスラエルを崩壊させようとしています。
トランプ氏がイランに背を向けたことは、イスラエルとアラブ諸国に安心感を与え、地域合意の仲介を米国に可能にさせました。
今回、イスラエルはヨルダン側西側地域の併合計画を停止する事を約束しました。
UAEにしてみれば、イスラエルの併合計画を阻止したと主張する事ができます。
しかし、併合問題が交渉の切り札になった事自体、イスラエル・パレスチナ紛争をめぐる力関係ががイスラエル優位に変化した事を物語っています。
以前ならアラブ諸国はイスラエル承認の引き換えにさらなる譲歩を要求していたでしょう。
しかし、イランの脅威および長年にわたるパレスチナ側の強硬姿勢により、この問題はアラブ諸国にとってそれほど重要ではなくなっていました。
一つの疑問は、バイデン政権が誕生した場合、この現実を理解するのか、それともオバマ式を踏襲するのかということです。
オバマ政権はイランに対して融和的な姿勢をとり、イスラエルを道徳的な問題で非難しました。
バイデン陣営は今回の合意を称賛した様ですが、オバマ政権で政策立案を担当したベン・ローズ氏は「パレスチナ人が完全に排除されている」と批判しました。
保守系の新聞ウォールストリートジャーナルが今回の合意を評価するのは当然と言えば当然ですが、リベラル系のForegin Policyも次の様に一定の評価を与えています。
米紙Foreign Policy記事要約
取引を仲介したと主張するトランプ大統領は、画期的な合意の功績が認められるべきです。
トランプ政権の調停の役割は不可欠でした。
もちろん、11月の大統領選挙まで、彼は中東和平を自慢するのをやめないでしょうが、今回の合意が、中東で本当に物事を揺るがす可能性を秘めているという事実を過小評価すべきではありません。
もし、サウジアラビアが合意に加わった場合、この取り引きに対する評価は2倍、いや3倍になるでしょう。
伝統的にイスラム世界を代表しているのは、UAEではなくサウジアラビアです。
アラブのドミノ現象は、サウジアラビアがこの取引に乗った瞬間に起こります。
そうなれば、より広範なアラブとイスラエルの安全保障協力が実現するでしょう。
おそらくサウジはUAEと仔細に調整を行っていると思います。
彼らは、今回の合意が長年の宿敵であるイランにどの様に受け取られるかを観察する事でしょう。
その結果を踏まえて、イスラエルとの合意に踏み切るかどうか決定するでしょう。
イランは間違いなく今回の合意を激しく批判するでしょうが、重要なのは行動です。サウジはイランが具体的な行動を起こすか注視しています。
フランスLes Echos紙要約
辛口でなるフランスの新聞も今回の合意には好意的です。
Les Echosは各国政府の反応について次の様に報道しています。
ドリアン仏外相は、「この地域で永続的な平和を可能にする唯一の選択肢である2つの国家の設立を視野に入れて、イスラエルとパレスチナ間の交渉のが再開される事を期待します。」と声明を発表しました。
一方、ドイツのマース外相は「この合意が中東和平プロセスに新たな原動力を与えるのに役立つことを願っている」と語りました。
これに対して、トルコ外務省は「今回の合意はパレスチナに対するUAEの裏切りである。」としてUAE政府を厳しく非難しました。
トルコ紙Hürriyetの要約
トルコ政府は「我々はパレスチナ人と共にある。今回の合意は彼らに対する裏切り行為であり、UAEとの外交関係断絶或いは大使の召喚も検討している。」と語りました。
今回の歴史的合意の背景
今回の歴史的合意には米国が深く関わっています。
今まで歴代の米政権が中東問題の解決に尽力してきましたが、結果としてアラブ諸国とイスラエルの対立は解消されませんでした。
それでは何故、トランプ大統領は成功したのでしょうか。それは中東における政治経済情勢に大きな変化があったからだと思います。
アラブ諸国にとってみるとアラブの大義は重要だし、パレスチナ問題はその根幹をなすものであることに変わりはないでしょう。
しかし、それよりも重要になってきたのは、イランの脅威です。
イランは同じイスラムを信じる国ですが、シーア派であり、その革命政権はイスラム革命を輸出しようと企てています。
そのために、ヒズボラを代表とする様々な軍事組織に援助を行っています。
このイランの脅威とパレスチナ問題を天秤にかけた場合、前者の方が重くなってきたという事が、今回の歴史的合意の背景にあると思います。
イランの脅威に対抗するためには、安全保障上、米国の支援は不可欠です。
以前であれば、アラブ諸国は、原油の輸出で米国を揺さぶることも可能でしたが、米国はシェールオイルの出現で今や原油の純輸出国になり、アラブ諸国の米国に対する交渉力の低下は否めません。
そういう環境の中で、アラブ諸国は、米国の書いたシナリオに乗らざるを得なかったという事ではないでしょうか。
それにしても、サウジやイランと並ぶ地域大国トルコの外交政策が心配です。
ご存知の通り、トルコはNATO(北大西洋条約機構)のメンバーであり、冷戦時は地域における米国の最重要同盟国でした。
しかし、最近は独自路線を進もうとしており、中東の盟主をサウジと争っている感があります。
もちろん、冷戦下と現在の国際情勢は大きく異なりますので、欧米の戦略に常に従う必要はないと思いますが、中東の地殻変動を見誤ると、気がついて見ればイランと共に取り残されていたと言う事になりかねません。
UAEやサウジと言ったアラブ諸国との関係も維持し、バランスの取れた外交を展開する事を期待したいと思います。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。