米軍撤退の影響
米軍はアフガニスタンからの撤退を始めました。
それはアフガニスタンに止まりません。
中東全体からの撤退が始まっています。
この米国の中東離れは地域にどの様な影響を与えるのでしょうか。
これまで米軍に守られてきたサウジアラビアなどアラブ湾岸諸国の外交政策はどの様に変化するのでしょうか。
サウジアラビアの地域における不倶戴天の敵はイランです。
この2カ国はスンニ派、シーア派と宗派が異なることもあり、激しく対立してきました。
この2カ国間の関係は中東の将来を占うといっても過言ではありません。
米誌Foreign Affairsが「How Iran and Saudi Arabia Can Together Bring Peace to the Middle East」(イランとサウジは如何に中東に平和をもたらすか)と題する論文を掲載しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Affairs論文要約
米国の外交政策転換は否定できません。
中東はもはや米国にとって最優先事項ではありません。
アフガニスタン、イラク、ヨルダン、クウェート、サウジアラビアなどからの米国の撤退は明らかです。
米国のこの地域への関与の悲惨な歴史を考えると、この戦略の転換には正当な理由がありますが、それ自体リスクをもたらします。
たとえば、2011年の米国のイラクからの急激な離脱は、イスラム国(ISISとしても知られる)の台頭とイランの影響力の拡大をもたらしました。
今回二の舞を踏まないためには、米国政府は軍事的コミットメントの縮小と地域の安定性の向上を組み合わせる方法を見つけなければなりません。
この目的を達成するための最良の方法は、この地域で最も重要なライバルであるイランとサウジアラビアの間の新たな交渉にあります。
中東での紛争は危険な新しい段階に入っています。
イランとイスラエルは、サイバー攻撃、標的を絞った暗殺といった非公式な戦いを行っています。
ロシアとトルコは、リビアとシリア(およびコーカサス)の準軍事組織を支援しています。
新しいミサイルとロケットの技術は、ハマス、イラクの準軍事組織、イエメンのフーシなど、非国家主体の手に渡りつつあります。
トルコとイランはドローン戦争能力に驚くべき飛躍を遂げ、軍事バランスを劇的に変えました。
そのような技術が地域全体に広がるにつれて、紛争はより予測不可能で危険なものになるでしょう。
そして、紛争が暴走する可能性が高いほど、米国がこの地域に戻らなければならない可能性が高くなります。
この地域で最も不安定で危険なライバル関係、つまりイランとサウジアラビアの対立は、レバントからペルシャ湾にかけて、シーア-スンニとアラブ-ペルシャの断層線に沿ってこの地域を二極化しました。
今日、彼らはイエメンの内戦に介入し、イラクとレバノンでの地位を争っています。
米国が撤退し、タリバンが領土を奪うにつれて、アフガニスタンでの新たな競争が生まれるでしょう。
にもかかわらず、4月サウジアラビアとイランの軍事諜報機関の高官がバグダッドで会合しました。
イラクのカディミ首相は、サウジアラビア皇太子ムハンマド・ビン・サルマンとテヘランの両方との関係を活用して、両者を結びつけました。
ビン・サルマンは、イランとの「良好な関係」を望んでいると述べ、珍しく和解の口調を打ち出しました。
イランのマスコミは、外交関係の再開を予測しています。
彼らの和解は、中東が地域の安定を得る上で、ここ数年で最高のチャンスを提供します。
米国は、そこから多大な恩恵を受ける立場にあります。
サウジアラビアがイランとの交渉に真剣に取り組んでいるかどうかを疑問視する声もあります。
リヤドは、建設的な地域プレーヤーとしての姿勢を示すことによってワシントンをなだめ、イランの無人機に対抗する方法を考え出すために時間を稼ぐために対話を使用している可能性があります。
それでもリヤドには、テヘランと和解する十分な理由があります。
サウジの指導者たちは、イエメンでの費用のかかる戦争を早く終わらせたいと考えています。
そのためには、イラン政府がフーシに攻撃を止めて真剣な交渉を行うよう圧力をかける必要があります。
サウジは揺るぎない米国の支援を期待できなくなっています。
アラブ首長国連邦との関係は石油生産論争をめぐって悪化しました。
そして、イラン、イスラエル、トルコとの競争が激化するにつれて、イランとの抗争を避ける事により、サウジアラビアは、イラク、レバノン、シリアといった国々で、その影響力を拡大することができます。
サウジは弱い立場にある事を知っています。
イエメンでは泥沼にはまっており、レバノンからは後退し、シリア内戦で敗北しました。
対照的に、イランの影響はレバノンにしっかりと定着しています。
また、カタールを隔離しようとしたサウジの2017年の無謀な大博打のおかげで、イランはペルシャ湾の南岸にも影響力を拡大しました。
米国との核合意は、サウジ当局が恐れている通り、イランの信頼を高めるだけであり、テヘランの国際的孤立を終わらせ、その経済と地域貿易を拡大させるでしょう。
しかし、両国の和解はイランの利益にもなります。
イランは、サウジとの地域的競争のコストを懸念しており、米国のプレゼンスを低下させたいというイラン政府の願望は、進行中の地域的緊張によって妨げられる可能性があります。
イランはまた、サウジがイランの民族分離主義勢力への支援を終了し、政権交代を奨励するメディアを追放することを望んでいます。
イランはイスラエルやトルコとの競争を行う必要があり、サウジがそのようなライバルを後押ししないようにしたいと考えています。
イランとサウジアラビアは交渉から異なる結果を求めています。
イラン政府は、両国関係の正常化につながることを望んでいる一方、リヤドは、安全保障上の懸念、具体的にはイエメンでの問題解決とサウジ国境を越えた攻撃が停止される事を望んでいます。
したがって、イランの交渉担当者は、イラクとイエメンに関する限定的な合意に抵抗しています。
サウジ当局は、米国の政策がどこに向かっているのかに確信が持てないため、イランとの本格的な交渉に入る事を躊躇しています。
適切な保険
ワシントンは、イランの直接攻撃が為された場合、王国を守るという明確な保証をリヤドに提供することにより、サウジアラビアの信頼を強化し、交渉の真の進展を促進することができます。
米国は、イランとサウジアラビアの両方に、交渉が成功する事によって、双方の安全保障が確保されると説得することによって助けることができます。
サウジにとっては米国の安全保障が保証され、イランにとっては米軍の脅威が縮小されます。
2つの目標は相容れないものではありません。
米国には、サウジに対する安全保障上の法的義務はありませんが、サウジの安全保障への特別なコミットメントを持っています。
サウジと米国の関係
上記論文は「サウジと米国の間に安全保障上の条約はないが、安全保障上のコミットメントをすべきだ」と主張しています。
確かに短期的に中東の安定を確保するためには、米国が湾岸諸国への安全保障上のコミットメントを続けるべきなのでしょうが、いずれ米国の湾岸諸国への軍事的コミットメントは消滅していくと思います。
米国がサウジの様な民主主義国とは形容し難い中東の王国を守り続けてきたのは、中東の石油に米国が依存していたからでした。
しかし、時代は変わりました。
中東における米国の経済権益はそれなりに重要でしょうが、今後中東で紛争が起きた時に、米軍兵士の命をかけてまで守る地域だとの結論には至らないと思います。
湾岸諸国がイスラエルとの国交正常化に動き始めたのも、米国が自分たちを守ってくれそうもないとアラブ諸国が考え始めた証拠だと思います。
今後、中東各国間の関係は大きく変わっていくものと思います。
イランでさえ、核合意が為された場合、米国に接近していく可能性だってあるでしょう。
1979年のイラン革命以前のイランはイスラエル、トルコと並んで米国の安全保障上のパートナーだったのですから、現在の敵は将来の味方になりえます。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。