大統領選直前の歴史的合意
大統領選挙直前に、トランプ大統領はイスラエルとUAEの国交正常化を仲介し、脚光を浴びました。
大統領選を意識した派手な演出でしたが、トランプ政権の中東政策は成功したのでしょうか。
米紙Foreign Affairsが「Biden Doesn’t Need a New Middle East Policy」(バイデン 氏に新しい中東政策は必要ない)と題した論文を掲載しました。
著者は2010年から2年間駐イラク米国大使を務めたJAMES F. JEFFREY氏です。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Affairs論文要旨
過去8人の米国大統領と同様に、トランプ大統領の外交政策の多くは中東によって支配されました。
「永遠の戦争」を終わらせ、アジアに軸足を移すという話にもかかわらず、中核的な国益は繰り返し米国をこの地域に引き戻してきました。
多くの点で、中東におけるトランプの優先順位は、大量破壊兵器の排除、米国のパートナーの支援、テロとの戦い、石油ガスの輸出促進という二人の前任者とほとんど変わりませんでした。
しかし、その方法では、顕著なパラダイムシフトを演出しました。
ブッシュ大統領とオバマ大統領はどちらも、政治的および軍事的に中東に介入することで、米国はイスラム教徒のテロと地域の不安定さ解決できるという誤った信念に基づいて、中東で改革キャンペーンを追求しました。
トランプ氏の政策的見解を理解することはしばしば困難でしたが、明確な結果をもたらしました。
トランプは、アメリカの目的を制限し、差し迫った地域の脅威に対応するが、それ以外は主にパートナーを通じて活動することにより、アメリカの利益を前進させながら、前任者が遭遇した落とし穴を回避しました。
この新しいパラダイムは、中東での課題を封じ込める事に成功しました。
新しい戦略
トランプ政権によって起草された2017年の文書は、中東における米国政策の青写真を提供しました。
中東に関してその最初の原則は、地域の問題への関与を回避する一方で、深刻なテロの脅威を打ち砕きながらイランとロシアを封じ込めることになりました。
次の原則、地域の同盟国やパートナーとの協力はより複雑でした。
それは手段であり、目的ではありませんでした。
結局、それは合理的な妥協案、つまり大規模な部隊の撤退に決着し、残りの部隊はテロ対策とイランに焦点を合わせた任務に専念しました。
その第二の原則の一部として、トランプはまた、シリアでのイランとロシアに対するイスラエルとトルコの軍事行動を支持し、テヘランに立ち向かうために主に湾岸諸国、ヨルダン、イラク、イスラエルに依存することを明らかにしました。
米国は、必要に応じてこれらの努力を軍事的に補完し、武器を販売したり、テロリストを標的にしたり、シリアのアサド大統領による化学兵器の使用を罰したりしました。
しかし、特にアメリカ人の命が失われなかったとき、政権は一般的に軍事力の使用について慎重でした。
一方、行動を決定したとき、米軍はアサド、テロリストグループ、ロシアの傭兵、イランが支援する民兵を効果的に標的にしました。
同盟国に余分な負担を負わせる事と引き換えに、トランプ政権は、ジャーナリストのカショギ氏が殺害されたにもかかわらず、エジプト、トルコ、さらにはサウジアラビアを含む重要なパートナーの国内政治に口を差し挟みませんでした。
政権はまた、パレスチナ問題に関してはイスラエルを公然と支持し、武器移転、ゴラン高原、エルサレム、西サハラに関する長年の米国の政策を覆えしました。
これらの政策は、イスラエルといくつかのアラブ諸国との間に歴史的なアブラハム合意(イスラエルとUAEの国交正常化)を生み出しました。
イランの挑戦
トランプは、オバマ政権によって仲介された2015年のイラン核合意は悪い取引であると信じていました。
その期間は限られており、地域の同盟国は、イランの不安定な行動に対処できないと不満を述べました。
最終的に、米国は合意を離脱しました。
トランプのイランに対する「最大圧力」キャンペーンは、イランに核活動、ミサイルプログラム、および地域での行動を含むより広範な交渉を強制するように設計されました。
米国の政策は、イラン経済とその冒険主義の両方に真の影響を及ぼしました。
イランは引き続き石油とガスを割引価格で国外に密輸しましたが、制裁措置により、イラク、レバノン、シリアの同盟国に提供できる資金援助が制限されました。
中国もロシアもイランを救済する気はなく、ヨーロッパ人はこの制裁に反対しましたが、米国に報復することはできなませんでした。
オバマとトランプの交渉姿勢には、根本的な違いがありました。
トランプの中心的な優先事項は、イランの地域の冒険主義を阻止し、核能力を可能な限り制限することでした。
この条件が満たされる限り取引可能というスタンスです。
合意の達成そのものを優先したオバマ政権とは異なり、トランプはイランを全体的な脅威と見なしました。
したがって、彼は有利な条件を強制するか、そうでない場合はイランを深刻に弱体化させるために、厳しい措置を取りました。
彼の政策が機能したかどうかについての結論はまだ出ていません。
時間とバイデン政権自身の意思決定が、「最大圧力」が将来への扉を開くのか、それとも単にイランを核爆弾に近づけ、交渉による妥協から遠ざけるのかを決定するでしょう。
シリアとイラク
トランプは、特にシリアとイラクでのイランの勢力拡大に対抗するため努力しました。
2017年後半までに、トランプ政権は、同盟国やパートナーと協力しながら地域の脅威に対抗するという原則に基づいて、独自のシリア政策を策定しました。
シリアでは、イランを追い出し、イスラム国を永久に打ち負かし、内戦を解決しました。
2020年までに、米国は直接のコミットメントを削減しながら、パートナーと弾力性のある連合を構築しました。
トルコとシリアの反政府勢力は、米国と協力し、米国が支援するイスラエルのイランの標的に対する攻撃は、アサド政権の軍事的選択肢をさらに制限した。
一方、米国は、国連の政治的努力を支援し、外交的に孤立したアサド政権に対する制裁を通じて国の経済を押しつぶした大規模な国際外交連合を主導しました。
当然のことながら、米国の政策はワシントンをモスクワと対立させました。
モスクワはシリアを中東で外交的かつ軍事的に再関与する主要な場所と見なしました。
米国はシリア北東部でのロシアの軍事および傭兵活動に繰り返し対応し、トルコが国の北西部でのシリアとロシアの侵攻をかわすのを支援しました。
しかし、北東部にある米国のシリアにおけるクルド人パートナーとトルコの間の対立は、米国との関係を複雑にしました。
イラクでは、米国はそのイスラム国に対する軍事的努力をイランに対するより大きな闘争から切り離そうとしました。
しかし、テヘランに忠誠を誓う地元民兵は、米軍に対するキャンペーンを強化し始めました。
トランプは最終的に報復し、イランのソレイマニ司令官を殺害しました。
米軍はイラクに残っていますが、ヒズボラのような民兵は依然として脅威です。
イラクは依然として米国とイランの間で最も不安定な前線です。
過去4年間で、トランプ政権は中東で2つの大きな成功を収めました。
それは、アブラハム合意と、イラクとシリアでのイスラム国の崩壊です。
また、シリアやその他の地域でのロシアのさらなる拡大に対抗し、地域の安定に対するイランの永続的で多面的な脅威を取り除く事に、成功しました。
トランプはイランの核開発計画を解決しませんでしたが、オバマも解決しませんでした。
最近の中東の基準では、これらは立派な政策成果となっています。
トランプは、地域の同盟国と緊密に協力しながら、米国の直接的な費用を削減することに成功しました。
現在、多くの地域同盟国は、イランの経済と地域の冒険主義に対する米国の継続的な圧力を、合意への即時の復帰以上に望んでいます。
バイデンはこれらの優先順位のバランスを慎重にとる必要があります。
トランプの中東外交は本当に成功したのか
上記が米国の大方の見方なのでしょうか。
確かにトランプ政権は中東で成果を上げている様に見えます。
イスラエルとUAEやバーレーンの国交樹立など誰もが予想もしていませんでした。
しかし、湾岸諸国がイスラエルとの国交回復に踏み切ったのは、米国の中東離れが現実のものとなり、アラブ諸国にしてみると、イスラエルとイランの両国を敵にまわすのは無理だと判断しただけという見方もできます。
またパレスチナ問題は既に湾岸諸国にとってはお荷物になっていて、パレスチナの為にイスラエルと事を構えようなどと考えている国はいなくなっていたという現実もあります。
トランプ政権の中東外交は、戦争を起こさなかったと言う意味で一定の評価ができますが、中東最大の問題であるイランの問題には手付かずに終わりましたし、シリア一つとって見てもロシアと組んだアサド政権は相変わらず勢力を維持しており、手放しで褒めるわけにはいきません。
トランプ政権時代に、米国の中東離れは加速し、代わりにロシアや中国が存在感を増しました。
米国にとって中東はエネルギー資源の供給先として核心的利益だったわけですが、もはや中東は、自国兵士の命を賭けて守る地域ではなくなったという現実があります。
今後益々米国の影は薄くなっていくでしょう。
しかし、我が国にとって中東は重要です。日本政府は米国を何とか説得して、中東からエネルギー資源を運ぶシーレーンを守っていく必要があるでしょう。
一方、米国の中東政策で問題視されるのは、米国が警察国家、独裁国家と言っても良い様な国々を同盟国と呼んで支援している点です。
サウジアラビアが政府批判を行った国際的なジャーナリストであるカショギ氏を暗殺したことは記憶に新しいですが、アラブ諸国の多くに民主主義はありません。
米国に尻尾を振ってくれる国なら何をしようが目を瞑る米国のダブルスタンダードには呆れます。
唯一、自由なマスコミが存在するのがカタールであり、ここには有名なアルジャジーラという国際放送局があります。
しかし、自国の専制主義を批判されたくない他の湾岸諸国はカタールとそのマスコミを敵視しています。
バイデン 政権には、こういった問題にメスを入れてもらいたいですね。
そうでなければ、自由の旗手としての米国の看板に傷がつくのは間違いがありません。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。