米国がアラブに残したもの
米国のインド太平洋シフトはバイデン政権になってからそのスピードを増しています。
かつては唯一の超大国として君臨した米国も、中国の急速な台頭を前に、大規模なリソースのシフトを余儀なくされているわけですが、そのプロセスでは多くの問題を引き起こします。
今回のアフガニスタン撤退もその一つと言えますが、アラブ人たちはそんな米国の政策転換をどの様に見ているのでしょうか。
英誌Economistにヨルダンの副首相、外相を務めたマーワン・ムアッシャー氏が「Marwan Muasher on America’s declining influence in the Arab world)(アラブ世界におけるアメリカの影響力の低下)と題する記事を寄稿しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Economist記事要約
「アメリカ一極の時代」の終わりは遅かれ早かれ来るはずでした。
唯一の超大国としての時代が終わるにつれ、中東におけるその影響力は必然的に衰えています。
しかし、そのプロセスは、この地域におけるアメリカの政策の3つの柱である安定性、イスラエル、石油の急速な変化によって加速されています。
安定性
安定性から始めます。
Pax Americanaは機能していません。
20年以上にわたるイスラエルとパレスチナの和平合意の失敗、イラクでの悲惨な戦争、そしてアラブ諸国の利益よりもイランとの核取引を優先する米国の姿勢は、米国とそのアラブのパートナーをこれまで以上に引き離しました。
イラク侵攻は特に深刻な失敗でした。
ジョージW.ブッシュ大統領の言葉を借りれば、「永続的な民主主義を構築する」という短期間の費用のかからない戦争の筈でしたが、知性の欠如と自信過剰は、冷たい現実に遭遇しました。
その戦争はアメリカに数兆ドルの税負担と数千人の兵士の犠牲を強いました。
イラク(およびアフガニスタン)での失敗は、アメリカ人を海外での軍事冒険主義、および一般的な世界的関与に対してさらに懐疑的にさせました。
ほとんどのアラブ人にとって、イラク侵攻は深刻な内部干渉であり、彼らの主権の侵害でした。
彼らはサダム・フセインを残忍な独裁者(実際はそうですが)ではなく、アラブ世界のプライドを取り戻そうとする人物と見なしました。
2011年のアラブの春の大規模な抗議は、(サダムとは異なり)西側に友好的で抑圧的な独裁者を支援するという長年の米国の戦略が実行不能になった事を明らかにしました。
リビアとシリアへのより限定的な介入は、秩序を生み出す上で絶望的であることが証明されました。
これらの多くの失敗に直面して、米国はこの地域への関与を投げ出しました。
アメリカの大統領は、アラブ世界の深刻な改革プロセスを支援するための複雑な努力を受け入れる準備ができていなかったようです。
さらに悪いことに、過去20年間、アメリカは「未完の事業」に陥りがちでした。
それは介入を開始し、その目的を達成することに失敗し、急いで撤退し、そして残った人々に混乱を残します。
アフガニスタンからの撤退はその好例です。
イスラエル
未完の事業は、イスラエルとパレスチナ人の間の「和平プロセス」にも当てはまります。
アメリカの交渉の監視はイスラエルの占領を終わらせることができませんでした。
さらに悪いことに、それはイスラエルの占領を定着させ、イスラエル人とパレスチナ人のための別々で不平等な法制度を確立させました。
トランプ氏は「世紀の取引」と呼ばれるパレスチナ人の独立の夢を否定する平和計画を打ち出しました。
それでも、イスラエルとアメリカの同盟関係は急速に変化しています。
トランプ氏を受け入れることにより、イスラエルの元首相ネタニヤフは、アメリカ人のイスラエルに対する見方の二極化を加速させました。
かつては簡単な超党派合意の問題であったものが、アメリカにおいて論争の的となりました。
メリーランド大学の2018年の世論調査では、2つの国による解決策が不可能であることが判明した場合、アメリカ人の64%が、イスラエルのユダヤ人国家としての存続よりも、パレスチナ人に完全な平等を与える事を選択することがわかりました。
石油
アメリカの変化は、3番目の要因であるエネルギーの独立性の高まりによって促進されています。
米国の純エネルギー輸入は、2005年に総消費量の約30%でピークに達しました。
しかし、ガスと石油の抽出能力を高めた水圧破砕法の開発のおかげで、アメリカは2019年に正味のエネルギー輸出国になりました。
アメリカは、中東の生産者からの供給を確保し保護する必要性からほとんど解放されました。
これらの状況の変化は、アラブの人々や政府によるアメリカの政策への幻滅と相まって、他の国々が空白を埋め始めていることを意味しています。
ロシア、トルコ、イランは、シリアだけでなく、他の国でも介入しています。
アラブ首長国連邦、バーレーン、そして暗黙のうちにサウジアラビアは、イランと釣り合うためにイスラエルとより緊密な関係を築いてきました。
中国は経済的手段を通じて権力を行使することを決定し、受け入れようとするすべての人のためにこの地域に多額の資金を注ぎ込んでいます。
米国の影響力の低下は、安定と繁栄への道を容易にするものではありません。
米国は中東ではあまり成功しなかったかもしれませんが、現在影響力を求めて争っている国々によって状況が改善される可能性は少ないでしょう。
石油市場、アラブの春、ソーシャルメディアの普及によってもたらされた変化は、社会の平和を維持するためのアラブ諸国の古いツール(ハードセキュリティ、補助金、公共部門の仕事)が弱まっていることを意味します。
彼らは醜い抑圧的な戦術に頼ることによって生き残ることを目指しています。
それは、西側の潜在的な支持者やパートナーの間で好意的な感情を引き起こすことはありません。
ロシア、中国、トルコはすべて権威主義的な傾向があり、アラブのシステムを政治的、社会的、経済的に開放しようとすることはほとんど期待できません。
それでも、アラブ世界で安定を達成するには、まさにそれが必要です。
統治者は新しいツールを必要としています。
それは、社会的平和とより良い生活の質を約束する、平等な市民権、そしてメリットに基づく経済システムです。
そのような変化は、ロシアやイスラエルとの同盟に依存する中国との協力から来ることはありません。
それは、真剣かつ段階的な自家製の改革プロセスを通じてのみ達成することができます。
中東からのアメリカの撤退に伴い、その任務は今後、アラブ諸国自体がこれまで以上に取り組まなければなりません。
アラブの統治者は、改革が彼らの生存に不可欠であることを理解する必要があります。
真のアラブの春は来るのか
中東のアラブ人にとってみれば、米国はご都合主義で、石油が不要となった瞬間に中東はお払い箱かという気分だと思います。
しかし、中東の民主化は米国という教師がいくらお尻を叩いても、当の本人たちがその気にならなければ、前に進みません。
上記記事の著者が唱える通り、自家製の改革プロセスを自力で作り上げる必要があると思います。
中東の為政者たちは、自分たちに都合の良い全体主義的な手法を選択する可能性もありますが、国民の声に耳を傾ける指導者が現れ、真のアラブの春を実現してもらいたいものです。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。