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中東で起きる地殻変動 - 中東版クワッドの誕生

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中東に生まれた新しいクワッド

米国、インド、オーストラリアと日本が安全保障上の同盟としてクワッドという取り組みを行っているのは周知の事実ですが、クワッドはインド太平洋だけに限定されたものでは無い様です。

中東地域にも新たなクワッドが生まれようとしています。

こちらは米国、イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)にインドが加わる4カ国で形成されています。

インドは中東にも関係するのかと意外な気がしますが、米誌Foreign Policyが「New India Finds an Old Role in a Changing Middle East」(​​新しいインドは変化する中東でかつての役割を見つける)と題した論文を掲載しました。

かいつまんでご紹介したいと思います。

Foreign Policy論文要約

米国、インド、イスラエル、アラブ首長国連邦が今月初めに戦略を調整するために新しい共同作業グループを設立したとき、4か国の組み合わせは必然的に、日米豪印で構成されるインド太平洋クワッドとの比較が行われました。

新しい中東クワッド(これまでのところ、外相レベルの作業部会)が、今年すでに2つの首脳会議を開催したインド太平洋クワッドのレベルに到達するまでには、しばらく時間がかかるでしょう。

しかし、インド太平洋クワッドも、2007年に高官の間の会合としてささやかに始まりました。

新しいクワッドの目的を要約して、米国務長官のブリンケンは、「エネルギー、気候、貿易、地域の安全保障など多くの分野で補完的な能力を発揮するだろう。」と説明しました。

 

このグループを際立たせているのは、インドが含まれていることです。

インドが米国、イスラエル、アラブ首長国連邦を最も近い戦略的パートナーと見なし、この地域で協力する準備ができていることは、中東におけるインドの外交政策がいかに根本的に変化したかを反映しています。

米国、イスラエル、ペルシャ湾岸諸国からの距離を保つことは、長い間、中東におけるインドの基本姿勢でした。

台頭するインドは、現在、米国と地域の同盟国にとって歓迎すべきパートナーです。

 

インド太平洋クワッドと同様に、新しい中東のグループ化は、アジアにおけるインドと米国の関係強化が進んでいることを示しています。

かつて東アジアと中東での米国の政策に反対していたインドは、今や両地域を安定させるために米国と協力する準備ができています。

同盟を再構成し、世界的な優先事項を見直している米国の安全保障にただ乗りしようとする国を必要としていません。

代わりに、意欲的で有能なパートナーを求めており、その中でインドがリストのトップに浮上しています。

 

モディ首相の下で、イスラエルとアラブ首長国連邦(この地域の2つの主要な米国の同盟国)とのインドの関係の急速な変化は、クワッドの新たな基盤を提供しました。

米国は2020年のアブラハム合意(イスラエルとアラブ首長国連邦、バーレーン、モロッコ、スーダンとの関係の正常化)を進展させた後、インドをインド・アブラハム合意と呼ばれているものに引き込みました。

 

米国にとって、アジアの同盟国とパートナーのネットワークに「インド」を追加することは、この地域での米国の地位を強化するための新しいアプローチです。

インドは、反米主義と非同盟政治の強い伝統を持っており、以前であればこの様な米国の提案に反発したでしょうが、今は熱狂的なパートナーのように見えます。

しかし、長期的な視点は別のことを示唆しています。

インドの地政学の論理が再び見えてきています。

地図を一瞥しただけでも、東アジアと中東の両方に対するインド大陸の重要性が理解できます。

 

東アジアと中東に関与することで、インドは両地域での歴史的な役割を取り戻しています。

20世紀半ばまで、英国植民地時代のインドは、イギリスによるインド洋とその隣接地域の支配において重要な役割を果たしていました。

インドは、中国での義和団の乱の鎮圧から日本との戦い、中東でのオスマン帝国との戦いまで、英国がアジアの大部分を支配、安定させるための軍事資源(人的資源、物資、資金)を提供しました。

 

その役割を思い出させるために、インドのジャイシャンカール外相は第一次世界大戦中に命を落としたインドの兵士の墓に花輪を捧げることからイスラエルへの訪問を始めました。

約900人のインド兵士がエルサレムに埋葬されています。

2つの世界大戦を含む中東での英領インド陸軍の役割は広大なものでした。

しかし、モディが就任するまで、インド政府は植民地時代のインド陸軍の国際的な役割を認めることに消極的でした。

イギリス領インド陸軍は、約250万人のインド兵で構成されていました。

それは変わりました。

今日、インド政府は両大戦における国際平和へのインドの貢献を積極的に称えています。

 

17世紀から20世紀にかけてのインドと中東の間の深い商業的および軍事的つながりは、インドおよび海外の多くの史家によって過小評価されています。

今日私たちが目撃しているのは、インドと米国との間の、スエズ運河から南シナ海までのつながりの再構築です。

しかし、植民地時代とは異なり、インドは独自の政治的意図を持つ独立したプレイヤーとしてこの地域に復帰しています。

 

インド独立後の同国の中東政策は、英領インド帝国の遺産から距離を置く必要性と衝動に駆り立てられて行われました。

インドは、この地域での安全保障の役割を故意に放棄し、インド洋の経済のグローバル化における中心的な役割を放棄しました。

湾岸諸国のいくつかは、その安全を英国に依存していましたが、インドの独立をきっかけに、防衛協力をインドに求めました。

インドは1972年にオマーンとの軍事交流に関するマイナーな議定書に署名しましたが、それ以外の点では踏み込む準備ができていませんでした。

代わりに、ネルーと彼の後継者は、第三世界の過激主義、反植民地主義、反シオニズム、パレスチナの大義の受け入れ、アラブ民族主義など、時代のより大きなイデオロギーのテーマに夢中になりました。

インドの指導者が閉鎖経済を強調し、国の経済が内向きに転じたため、インド政府は中東との古い経済的つながりを着実に断ち切りました。

その方針は冷戦後、インドがイスラエルとの外交関係を確立したときに変化し始めましたが、親アラブの躊躇は残っていました。

一部のイスラエルの外交官が述べているように、インド政府はイスラエルを愛人のように扱っています。

モディの最初の行動の1つは、イスラエルを重要なパートナーとして正式に受け入れ、関係を確認することでした。

過去のインド外交は、イスラエルとの関係を制限するアラブの懸念を絶えず気にしていました。

モディは、両方との関係を追求できることを発見しました。

 

もう1つの注目すべき変化は、UAEとサウジアラビアとの関わりに対するモディの驚くべき熱意です。

インドは長い間、湾岸諸国をパキスタンと米国に近すぎると見なしていた。

モディの下で、インドは、商業的、政治的、安全保障上のパートナーシップを構築する事が可能である事を理解し、湾岸諸国がイデオロギーに捕われず、現実的であることを発見しました。

新しい中東クワッドは、多くの点で、インドのより大きな外交政策の実用主義の成果です。

中東クワッドの最初の焦点は、戦略的な問題ではなく、経済的な問題になります。

この地域では、インド市場、国際ハブとしてのドバイ、イスラエルの技術、および米国の間で多くの相乗効果があります。

そのために、インドは最近、UAEとイスラエルの両方との自由貿易交渉を復活させました。

そして、米国はインドの最も重要な経済パートナーになりました。

 

インドの外相と彼のカウンターパートは、新しいグループのための具体的な取り組みをを迅速に行う事を約束しました。

4つの政府間の関係やその実用主義は、2007年の立ち上げ後、10年以上活動が休止していたインド太平洋クワッドよりも早く進展する可能性が高いことを意味します。

中東クワッドは、地域の秩序と勢力均衡を再編成する取り組みの一環と見なすことができます。

インドは、地理的な位置、経済的重要性、政治的利益を持つ、より重要な役割に戻ります。

高まるインドの重要性

中東版のクワッドが誕生していたとは知りませんでした。

興味深い点はインド太平洋クワッドにも中東版クワッドにもインドと米国が含まれている点です。

これはバイデン 政権がインドを外交政策の中核的パートナーとして据えている事を示しています。

対中戦略を立てる際に、中国と比肩できるリソースを持つインドに注目したのだと思います。

確かに中国を上回るとも言われる人口を持ち、アジアと中東の間に位置するインドは味方に引き込む事ができれば、中国に対抗する事がより容易になります。

今後米国はインドを積極的に支援し、中国からサプライチェーンをインドに移して行く事が考えられます。

そしてアフリカに対する働きかけに関しても、先行している中国に追いつくために、インドとの協力関係を重視するでしょう。

 

最後まで読んで頂き、有り難うございました。