中東の地殻変動
「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがありますが、今時桶屋などは見かけないので、この言葉自体最近使われなくなった様な気がします。
言葉の意味は、全く縁がない様に思われる二つの事象が実は関係している。ある事態が生じた事で、意外な事が引き起こされるというものです。
コロナ感染の拡大は、様々な分野で「風が吹けば桶屋が儲かる」的な現象を引き起こしました。
米誌Foreign Affairsが「The Only Way Out of the Middle East is Through It」と題した論文を掲載しましたが、この論文ではコロナ感染が中東の安定の引き金になりうるとしています。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Affairs記事要旨
米国は中東政策において、イランの封じ込めに注力してきました。
トランプ大統領がイランとの核合意から離脱を決めてからというもの、イランに最大の圧力をかけ、中東に2万人もの軍人を派兵しました。
しかし、イランは核、ミサイル、ドローン、サイバー攻撃そして彼らの代理部隊への投資を拡大してきました。
現在のホワイトハウスの住人はイランとの交渉に気乗りしないかもしれませんが、新しい政権はイランとの外交交渉に力を入れるべきです。
中等を取り巻く紛争、例えばリビア、シリア、イエメンでの内戦、そしてイラクとレバノンでの騒乱は、ワシントンを窮地に追い込んでいます。これらの紛争のために米国は不本意ながら中東につながれたままになっています。
もし米国が中東から離脱すれば、その真空を埋めるために国々が争う様になり、アラブ諸国がイランと対立するだけでなく、イスラエルとトルコ、さらには中国とロシアも関与するようになります。
イランは近隣諸国を軍事的に圧迫し、イランの覇権が確立されるでしょう。
イランは過去40年間米国の封じ込めを終わらせ、米軍の多くが中東から撤退し、イランが正当な利益を有する地域大国として認められることを目標にしてきました。
しかし、彼らは何一つ成功していません。
コロナの感染拡大がイランに大きな打撃を与え、ただでさえ息も絶え絶えな経済を崩壊の瀬戸際に追い込みました。
一方で、原油安と長引く世界的な景気後退がサウジアラビアとその同盟国を傷つけました。
損害の大きさは国の優先順位の変化を余儀なくさせます。
イランとペルシャ湾岸諸国は、軍備競争やテロ組織への支援などを制限する様になりました。
すでに、イランとアラブ首長国連邦は話し始めています。
イランとサウジアラビアの両方がイエメンでの戦争を終わらせる傾向にあるようです。
今が最高の和平のチャンスなのです。
地域の緊張を和らげ、安定を促進する外交の条件は整っています。
米国はこの瞬間を利用する必要があります。
米国は中東への関与を続けるか
この論文はJohn Hopkins大学の中東専門家であるNasr教授によるものです。
彼は、米国が中東に関与を継続することで、この地域に安定をもたらし、その結果として駐留米軍を削減する事ができると説いているわけですが、私は米国が中東に安定をもたらすことは非常に難しいと見ています。
それにはいくつか理由があります。
一つ目は中東が以前ほど米国にとって重要で無くなってきたことが挙げられます。
米国が中東に関与する理由として、第一に友好国のイスラエルを守るという事と第二にエネルギー供給国としての中東の重要性がありました。
しかし、米国はシェールオイル、シェールガスの出現により、エネルギー面での中東依存度は大きく減じました。
二つ目は米国がこの地域を命をかけて守る大義を持っていない点です。
現在、米国が台湾を守るか否かという点が問題になっていますが、台湾を守る意義としては、台湾という自由で民主的な国を守るという立派な大義があります。
米兵の血を流すに足る大義というものが、米国が深く関与する場合必要ですが、中東にはそれがありません。
そもそも中東に民主主義があるでしょうか。
米国が中東で同盟国として支援している国を見れば、殆どが王政で統治者は国民の選挙で選ばれたわけではありません。
国民の審判を受けない政権は当然腐敗していますが、米国は彼らに民主主義を要請しません。
アラブの春がきっかけとなり、選挙で選ばれたエジプトの政権は、シシー将軍の軍事クーデターであっけなく倒されてしまいました。
シビリアンコントロールなどあったものではありません。
米国は王政の独裁や軍事クーデターに目をつむり、明らかにダブルスタンダードを採用しています。
彼らにとって大事なのは、政権が民主的かどうかではなく、米国に友好的か否かという点だけです。
私は、米国が自由民主主義の旗手であってほしいと願っていますが、こと中東に関しては、望み薄です。
こんな状況では、米国が本気で、中東の安定のために関与していくことは期待できません。
彼らにとって、中東の重要性は低下し、イスラエルの安全保障が確保される限り、米国から遠く離れた中東は多少紛争が起きようが、構わないというのが米国の本音では無いでしょうか。
むしろ紛争が起きてもらった方が、サウジアラビアなど産油国が米国の防衛装備品を買ってくれるので、安定しない方がむしろ良いと思っているかも知れません。
しかし、日本にとっては、中東の安定は化石燃料の殆どを依存しているだけに重要です。
日本は、米国が中東から離脱することを前提に、中東対策を考える必要があると思います。
最後まで読んで頂き、有難うございました。