マクロン大統領の対プーチン外交
フランスでは明日10日、大統領選挙が行われます。
現職のマクロン大統領が再選を果たすか否かが注目されていますが、ロシアのウクライナ侵攻が始まる前に、マクロン大統領がプーチン大統領を訪れて何度も外交交渉を行った事は記憶に新しいところです。
彼の交渉は失敗に終わりましたが、このフランス大統領の対露外交について厳しい批判を行う人もいる様です。
今日はその様な批判の中から米誌Foreign Policyの「Macron’s Vision for European Autonomy Crashed and Burned in Ukraine」(ウクライナで崩壊したマクロンの欧州自立の構想)と題された論文をご紹介したいと思います。
著者のBart M. J. Szewczyk氏はGerman Marshall Fundの上級研究員でパリ政治学院の教授を務めています。
Foreign Policy論文要約
5年前、フランスのマクロン大統領は、新しい活力とビジョンで欧州連合を活性化するという公約を掲げて選出されました。
EU旗がたなびく勝利集会に到着した彼は、「ヨーロッパとその文明」を守ることを約束しました。
マクロンの構想の中心には、ヨーロッパの戦略的自治の概念があります。
これはヨーロッパは独立し、独自の安全を確保できるはずとの壮大なイデオロギーの一部であり、マクロン以前にもフランスの指導者によって追求されてきました。
ヨーロッパに関するこの壮大なビジョンは、ウクライナで崩壊し、燃え尽きました。
プーチン大統領との個人的な外交の試みが失敗に終わったことを除けば、第二次世界大戦以降欧州大陸での最大の脅威の出現に対してマクロンは何も出来ていません。
彼の外交政策のイデオロギーそのものに、プーチンとの交渉が大失敗に終わり、ウクライナでの悲劇を生んだいくつかの基本要素があります。
まず、マクロンは、ヨーロッパを偉大で「特異な」文明として復活させるというフランスの使命を定義しました。
特に、フランスの指導的役割と、フランス自身の利益を確保することです。
マクロンは、ヨーロッパにおける「価値のバランス」、つまり自由、人権、市場経済、社会正義を「地球上のどこにも見られない」ものと考えています。
マクロンは、ヨーロッパの文化を「世界に存在する芸術」とさえ定義しています。
第二に、マクロンは、ヨーロッパの文化と文明は米国や中国とは異なるが、ロシアを含む事を繰り返し強調してきました。
マクロンは、米国が「西側の陣営」にいることを認めていますが、ヨーロッパ(マクロンの定義によれば、ロシアを含む)と「同種のヒューマニズムを共有していない」と主張しています。
同様に、「中国文明」は、ヨーロッパと「同じ集団的選好、または同じ価値観」を共有していないと定義します。
マクロンは、米国と中国をヨーロッパの利益に対立するものと見なすことにより、「ヨーロッパが表すもの」を「大西洋の反対側またはアジアの端」に委ねることはできないと主張しています。
一方、ロシアは、マクロンによれば、フランスと同様に「ヨーロッパの一部」として、さらには「ヨーロッパ文明」の重要なプレーヤーとしても特別な位置を占めています。 (もちろん、これは西洋の文化的、政治的、知的歴史の奇妙な解釈です。)
ロシアをヨーロッパに引き込み、米国を締め出すべきであるというマクロンの信念は、プーチンとの「新しい関係」を模索させました。
これはマクロンと違う視点でロシアと米国を見ている多くのヨーロッパ諸国の利益に反している事は明白です。
第三に、マクロンは、大西洋からウラル山脈までの汎ヨーロッパ文明の理論を、他の大国とのバランスを取るため、ヨーロッパの戦略的自治を必要とする主張を裏付けるものとしています。
彼が使う用語は「ヨーロッパの主権」です。
マクロンは、NATOは「脳死」していると信じていますが、ヨーロッパは「NATOを補完する自律的な運用能力」を必要としていると主張しています。。
そのために、フランスはEU内でいくつかの控えめな軍事イニシアチブを開始しましたが、それらはNATOほど効果的ではありません。
EUのある高官は、フランスが他の欧州諸国と推進する共同軍事プロジェクトは、シャンゼリゼ通りで毎年開催されるパリ祭のパレードのために配備されたと述べました。
米国はいつでもヨーロッパを放棄する可能性がありますが、マクロンは、「ロシアとの信頼を徐々に再構築することなしに、ヨーロッパ市民の防衛と安全保障プロジェクトはあり得ない」と主張します。
プーチンとともに、彼は「ヨーロッパの信頼と安全に基づいた新しい仕組みを構築する」ことを目指しました。
実際、彼は、米国などの国々がヨーロッパに「彼らの利益になるので、より多くの制裁をロシアに課す」ように促していると主張しました。
マクロン氏によると、ヨーロッパの利益は、ロシアに対する制裁によって「確保されない」とのことです。
2月24日の早い時間に、最初のロシアのミサイルがウクライナの都市を攻撃したとき、マクロンの知的建造物は、それ自体の幻想と矛盾の重みで崩壊しました。
ロシアの侵略前、マクロンは自分自身を、ロシア、ウクライナ、西側のすべての側と話し、紛争から抜け出す方法を交渉できる主要な調停者として位置づけていました。
彼は最初にモスクワに飛び、その後キエフに飛びました。
これは、最初にウクライナと調整したドイツのショルツ首相などとは対照的です。
マクロン以外の誰もが驚くことではありませんが、レバレッジのない外交は効果がないことが証明されました。
ロシアのますます残忍な戦争が進む中、マクロンはプーチンをひどく誤解したことを認めませんでした。
彼は、言葉や行動のエスカレーションに関して、バイデン大統領にさえ警告しました。
フランスは、ウクライナへの武器供給を開示していません。
それはあまりに少ないからか、それらを公開することによってロシアを刺激する事を恐れているからです。
マクロンは、過去数週間のウクライナ危機ではほとんど存在感を失いました。
マクロンはヨーロッパをリードする代わりに、他の人に舞台を譲りました。
現在、ウクライナ軍を除くヨーロッパの防衛の主力は、欧州大陸に駐留する10万人の米軍です。
元西ドイツ首相のアデナウアーが冷戦の最盛期に言ったように、アメリカ人は最高のヨーロッパ人です。
マクロンが覚えておくとよいかもしれない古い格言です。
マクロン大統領に再び出番はあるのか
フランスは欧州の中ではロシアに好意的な国民が多いので有名です。
確かに昔から芸術や文化の面でフランスとロシアは影響しあっていました。
チャイコフスキーの母親はフランス系ですし、ドストエフスキーの小説の中にはフランス語が多く含まれています。
ロシアがヨーロッパか否かというのは難しい問題ですが、マクロン大統領がロシアを欧州に組み込もうとした事自体は間違っているとは思えません。
欧州としてはロシアはエネルギー安全保障上極めて重要な存在ですし、ロシアが中国に接近する事を避けたかったと言う面もあると思います。
この点では中露二正面作戦を避けるためにプーチン外交を展開した安倍政権と狙いは一致します。
我が国では、アングロサクソン系のメディアが圧倒的な影響力を持っていますので、上記の論文の様なマクロン外交失敗論が大勢を占めていますが、筆者は必ずしもマクロンは間違っていないと思っています。
確かにマクロン大統領は失敗はしましたが、プーチン大統領との直接交渉に何度も臨み、妥協点を見出そうと努力しました。
プーチン政権の打倒まで口にし、直接交渉に乗り出そうとしないバイデン 大統領よりは遥かにマシだと思います。
プーチン氏は確かに酷い戦争を遂行していますが、停戦させようと思えば、交渉しなければならない相手です。
米国政府はそもそも本気でウクライナでの戦争を終わらせようと考えているのでしょうか。
ポーランドに入ったバイデン大統領はウクライナ国民に「最後まで戦え」と呼びかけました。
武器をウクライナに提供していますが、圧倒的なロシア軍を退却させるほどの力はなく、このままいけば戦争は長引き、ウクライナ、ロシア双方に甚大な人的被害が生じます。
マクロン大統領の出番はなくなった訳ではありません。
欧州大陸の問題はやはりフランス、ドイツの両国が鍵を握っています。
マクロン大統領によるプーチン大統領との再交渉を期待します。(彼が再選されればですが)
最後まで読んで頂き、有り難うございました。