衝撃的なUAEとイスラエルの国交樹立
8月13日に発表されたUAE(アラブ首長国連邦)とイスラエルの国交樹立のニュースは世界中に衝撃を与えました。
ご存知の通り、UAEは国際的金融ハブであるドバイを持つアラブ湾岸諸国の代表格です。
アラブ諸国はこれまで国を追われたパレスチナの難民たちを支持し、イスラエルと激しく敵対してきました。
このパレスチナとイスラエルの問題を引き起こしたのは、英国の二枚舌外交だったというのは良く知られた史実ですが、第二次世界大戦中に英国がイスラエルとパレスチナ双方に建国を約束していた事が、パレスチナ問題を引き起こしたと言われています。
過去に、この問題をめぐって多くの血が流れました。
4度にわたる中東戦争だけではありません。
無数のテロや暴動を引き起こした原因となってきました。
問題の火種を作った英国は、今回の問題をどの様に見ているのでしょうか。
英誌「Economist」が今回のUAEとイスラエルの国交樹立に関して、冷静な分析を加えていますので、ご紹介したいと思います。
英国は、歴史的に中東地域に植民地を多く持っていたこともあり、欧米の中で最も中東に関して知見のある国です。
ロンドンは中東の情報が最も集まる街と言っても良いでしょう。
Economist記事要約
UAEはアラブ諸国の中で最初にイスラエルと国交を持った国ではありません。
過去にはエジプトとヨルダンがイスラエルと国交を結んでいます。
1977年にエジプトのサダト元大統領がイスラエルを公式訪問した時、彼を糾弾したのはPLOのアラファト議長だけではありませんでした。
他のアラブ諸国も裏切り行為だとして、激しくサダト大統領を糾弾しました。
彼らはエジプトをアラブ連盟から追放しました。
サダト元大統領は2年後イスラエルと国交を樹立しますが、その後、原理主義者たちに暗殺されてしまいます。
40年の月日が流れた今も、一見、この地域は以前と同じ様に見えます。
王族が統治を続けていますし、パレスチナは相変わらず国を持ちません。
しかし、イスラエルとアラブ諸国の関係には大きな変化があった様です。
8月13日にUAEとイスラエルの国交樹立が伝えられた際に、アラブ諸国では大きな反発は示されませんでした。
湾岸諸国としては初めてのイスラエルとの国交樹立は、アラブの指導者たちよりむしろ称賛を持って受け止められました。
その中には「画期的な突破口」とか「平和への変換点」などと評価する向きもありました。
今回の取り決めは、今後この地域にどの様な影響を与えるかという点では注目に値しません。
というよりも、既にこの地域で起きた変化を体現したのが今回の取り決めなのです。
湾岸諸国は政策を決定する際に、過去ではなく将来を見ています。
湾岸諸国とイスラエルの接近は共通の敵、イランの存在が引き起こした事はもはや秘密ではありません。
共通の敵に対して、湾岸諸国とイスラエルの軍や諜報関係者は情報を交換し始めています。
イスラエルの産業界にとっては、今回の取り決めは朗報でした。
湾岸ののマネーがイスラエルに流れ込む大きな機会を作りました。
既にイスラエルとUAEの企業間では活発に商談が行われている様です。
他のアラブ諸国もUAEに続こうと検討しています。
今回の取り決めはトランプ政権にとっては大きな成果でしょう。
7ヶ月前に米国はパレスチナとイスラエルに和平合意案を提示しました。
しかしパレスチナは、この案はイスラエルに、彼らが不法占拠したヨルダン側西岸地区の3割を与える一方、パレスチナには国とは言えないほど小さい地域しか与えないとして拒絶しました。
しかし、米国は並行してUAEと秘密裏に交渉を重ねていました。米国の巧みな外交術により、今回UAEはイスラエルに対して、占拠している土地の併合を当面見合わせる事しか要求していません。
今回の取り決めは、国内で汚職疑惑とコロナウイルスに関する失政で批判を浴びているイスラエルのネタニヤフ首相にとっては、大きな政治的勝利です。
最大の敗者はパレスチナでしょう。たった3年前にアラブ諸国はイスラエルの占領地からの撤退とパレスチナの国家樹立を骨組みとする戦略を再承認したばかりでした。
しかし、アラブ諸国、特に湾岸諸国の統治者たちは、頭が固いパレスチナの指導者たちに呆れ果てていました。
最も危険なのはやはりイランとの関係でしょう。
イランは経済崩壊の危機にあり、ベイルートの大爆発では、イランの代理であるヒズボラが非難を浴びています。
今回のイスラエルとUAEの歴史的な取り決めが、共通の敵イランを念頭においている限り、トランプ政権の外交戦略に新たなページを刻んだ事は間違いありません。
しかし、米国とアラブ諸国の当局者は、共通の敵が必ずしもそうあり続けるわけではない事は覚えておいた方が良いでしょう。
今後の見通し
今回のディールのもう一人の勝者は米国でしょう。
トランプ政権も、こと今回の仲介策に限って言えば、お見事です。
賞味期限の切れたアラブの大義を押し付けてくるパレスチナ政府への湾岸諸国の嫌悪感を彼らは見逃しませんでした。
次に述べる観点から、一石二鳥どころか一石三鳥だったかも知れません。
- 外交的には、イスラエル包囲網の一角を切り崩した事で、今後湾岸諸国が雪崩を打ってイスラエルと国交を樹立する可能性があります。もしもサウジアラビアがイスラエルと国交を持つ様な事になれば、中東のイスラエル包囲網はイラン包囲網に変わっていくでしょう。サウジ政府は今回のUAEとイスラエルのディールが国内に与える影響を見極めようとしているでしょう。もし国民の反応が否定的でなければ、イスラエルとの国交樹立に動くと思います。
- バイデン候補はご存知の通り、オバマ政権下、イランとの核交渉に深く関与していました。彼の対イラン外交はオバマ時代とは違うものになると思いますが、彼がオバマ時代、イランとの融和を進めた事は事実です。従い、これらかの選挙期間中、トランプ大統領はこのポイントを厳しく突いてくるでしょう。中国だけではなくイランにも甘いバイデンというレッテルを張ってくるでしょう。バイデン候補はこれにうまく対処する必要があります。
- トランプ大統領にとってもう一つ大きなアドバンテージがあります。それは今回の取り決めがイスラエルに有利なものであったことから、米国のユダヤ人団体がトランプ支持に動く可能性が高い事です。米国のユダヤ人はたかが百万人程度ですが、選挙に与える影響は半端ではありません。ユダヤ人はいわゆるSwing States(大統領選を左右する州)で支援活動を活発化する事でしょう。
ところで、エコノミスト記事の最後のこの一文気になりませんか。
「しかし、米国とアラブ諸国の当局者は、共通の敵が必ずしもそうあり続けるわけではない事は覚えておいた方が良いでしょう。 」
イランの革命政権がある日崩壊する事を示唆しているのではないかと思います。
イランは1979年にホメイニ師のイラン革命が起きるまでは、イスラエル、トルコと並んで米国の同盟国であった過去を持っています。
石油、天然ガスの多くを中東に頼る我が国にとっても中東は大事な地域です、今後の展開に目が離せません。
最後まで読んで頂き、有難うございました。