仏政府ブリヂストンを糾弾
ブリヂストンがフランス北部にあるタイヤ工場閉鎖を発表しましたが、これに対するフランス政府の反応が激しいことに驚きました。
ルメール経済大臣は「ブリヂストンの決断は言語道断である。工場閉鎖を阻止するためにあらゆる手段を講じる。」と発言しました。
企業の活動において、工場の閉鎖というものは、地域経済や労働者への影響を考慮し、慎重に判断されるべきものですが、利益が出ない工場を継続維持することは企業に大きな損害を与えますので、企業の最終手段として認められるべきものと思います。
しかし、フランス政府の言動を見ていますと、ブリヂストンに工場閉鎖する権利などないのだと言わんばかりの高圧的な視線が感じられます。
フランスの経済紙「Les Echos」がこの問題について記事を掲載していますので、ご紹介したいと思います。
フランス人が日本をどの様に見ているか伺えて興味深いです。
Les Echos記事要旨
Avec Bridgestone, Emmanuel Macron entre dans le dur de la crise sociale(ブリヂストンの工場閉鎖により、マクロン大統領は社会危機に直面する)9月17日付
ブリヂストンによる仏Bethune市のタイヤ工場閉鎖の発表は、仏政府の激しい反発を巻き起こしました。
経済大臣のルメール氏は「反逆的な閉鎖」と称し、仏政府報道官は「裏切り」とまで呼びました。(注;これはコロナ感染の影響で失業者が増えるのを防ぐため、仏政府が補助金を企業に拠出したにもかかわらず、ブリヂストンが工場封鎖に踏み切った事を批判しています。)
コロナ感染に悩むフランスにおいて、ブリヂストンは従業員削減を発表した最初の会社ではありません。
他にもノキアやエアバスなど多くの会社が計画を発表しています。
しかし、ブリヂストンの工場閉鎖は間接的な影響も考慮すると4千人もの労働者が職を失い、既に失業者を多く抱える地域で行われたという意味で、マクロン大統領とその政府に大きな打撃を与えました。
コロナ感染で大きなダメージを受けたフランスを復活させ、「再産業化」する事を目標にマクロン大統領は再生プランを提示したばかりでしたので、ブリヂストンの工場閉鎖は国民の将来への不安を増長させることになりました。
大統領選で戦ったマクロン大統領の政敵マリー ルペン国民戦線党首はブリヂストン工場の労働者代表と面会を計画してい様です。
1999年にミシュランの工場で解雇騒動が持ち上がった際、時の首相ジョスパンは「国は何でもやるというわけにはいかない」と発言し、顰蹙をかいましたが、今回マクロン大統領は同じ発言は出来ないでしょう。
Bridgestone, le rival Japonais de Michelin hermetique a l'Europe(ミシュランのライバル、ブリヂストン欧州で厳しい立場に)9月17日付
Bethune工場の将来を交渉するために、ブリヂストンは交渉をヨーロッパの幹部に委ねるべきです。
日本人は、このような社会的問題に文化的に対応していません。
日本では、工場の閉鎖がより円滑に行われます。
2.5%の失業率と深刻な労働力不足により、エンジニア、熟練労働者らは容易に他の場所で再雇用されます。
ミシュランが日本の太田工場を2010年に閉鎖した際には、問題は生じませんでした。
しかし、フランスでは同じ様に物事は進みません。
マクロン大統領の正念場
マクロン大統領は7月のEU首脳会議で、EU内の南北対立をうまく抑えて、90兆円を超えるEU復興債券の発行に漕ぎ着けました。
ベイルートの爆発事件の直後には現地に乗り込み、レバノンの再建にリーダーシップを発揮しました。
一方、国内の問題は山積で、コロナ感染は第二波が襲来し、パリも再度のロックダウンの可能性が出てきています。
昨年猛威を奮った黄色いベスト運動(燃料価格高騰に端を発した労働者の反政府デモ、マクロン大統領辞職を目的とする)も再燃の兆しを見せており、今回のブリヂストン工場閉鎖により労働者階級の怒りに火がつくのを恐れている様な気がします。
内政に問題がある際に、政治家は国民の注意を国外に引こうとするのは、洋の東西を問いません。
レバノンやリビアの問題に介入するマクロン大統領の外交は、国民の注意を内政に向けないためかも知れません。
今回のブリヂストン問題は、失業問題に絡んでいるだけに、マクロン大統領は首を突っ込んでくる可能性があります。
彼は日産・ルノーの問題にも深く関与して、日産の経営権をフランス側に移行させようとした過去があります。
しかし、マクロン大統領が外国企業にフランスに今後も投資して欲しいのであれば、民間企業に圧力をかけてその判断を変更させる様な事をするのは、自殺行為です。
企業はそういう政府の介入に対して敏感です。「自由で開かれた市場」こそが民間企業が望むものです。
今回の騒動から学ぶことがあります。
外国に投資を検討する際には、投資時に得られるインセンティブを基準に判断しがちですが、その投資先を閉鎖して、撤退する際のコストも十分精査の上、判断すべきと言う事です。
工場を建設する場合などは、投資を誘致する側は、税制面の優遇ばかりか工場用地の無償提供や補助金供与まで行って、企業を誘致しようとしますが、その企業が撤退する際は手のひらを返した様に無理難題をふっかけてくる場合があります。
この撤退コストを十分配慮すべきと思います。
フランスは私も住んだ事があり、大好きな国ですが、日本企業が投資を行う上で、難易度は低くありません。
最後まで読んで頂き、有り難うございます。