地政学へ高まる関心
「地政学リスクが高まっている」などの表現が新聞紙上で頻繁に見られる様になりました。
地政学は列強が植民地支配に血眼になった帝国主義の時代に生まれた学問です。
司馬遼太郎の代表作「坂の上の雲」の主人公秋山真之は日露戦争の勝敗を分けた日本海海戦の作戦を立案した事で有名ですが、彼は地政学の大家たるアルフレッド マハンに米国海軍大学校で直接指導を受けています。
マハンは当時、次の様な提言を行なっています。
- 海上権力(シーパワー)を握った国が世界の覇権を握ってきた。
- 中国貿易ルートとカリフォルニア防衛のため、パナマ運河を建設せよ。
- 太平洋上のハワイ・フィリピンに米軍基地を建設せよ。
これらの提言は当時大統領だったセオドア ルーズベルトを動かし、全て実現しました。
彼の指摘通り、過去を振り返れば、海を制したものが世界を制してきました。
米国の前は大英帝国、その前はスペインが無敵艦隊を擁して世界を支配してきたのです。
現在、世界の覇権を巡る争いは、やはりインド太平洋という海域で展開されている様です。
現在の米国を地政学的に分析するとどうなるか、この点に関して、ウォールストリートジャーナル(WSJ)が「A World of Geopolitical Opportunity」(地政学的好機生まれる)と題して興味深い記事を掲載しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
WSJ記事要約
米国の国際的地位は2016年時点よりも一部で強固になっています。
これはトランプ大統領の外交政策への支持表明ではありません。
米国の歴史を振り返れば、米国が得てきたチャンスは、具体的な政策よりも、米国社会のダイナミズムや米国の地政学的優位性と関連していたことが多かった事がわかります。
米国のダイナミズムは、われわれを超大国に押し上げ、その地位を維持してきました。
現在は2つの「米国で生まれた産業」が、米国の力を押し上げています。
その一つはハイテク産業です。
中国の懸命な追い上げにもかかわらず、米国のハイテク分野の「鬼才たち」は、常に先行しています。
ハイテク分野の優れた才能、マーケティング・経営面の能力、それを補完する最新金融ネットワークという米国のユニークな産業構造は、世界に変革をもたらす起業家を支えています。
2つ目の産業はシェールオイル、ガスを生産するフラッキング(水圧破砕法)です。
同業界は現在、燃料価格の低下により、事業継続に苦戦しているものの、世界のエネルギー市場に革命を起こしています。
この革命は、ロシアやイランといった国から資金を奪い、米国各地に高給取りのブルーカラーを創出しました。
そして何よりも、米国が天然ガスの産地になったことで、中東の危機がエネルギー価格急騰をもたらし、世界経済を脱線させるリスクが低減しました。
これにより、将来の大統領は、中東と関わる際、米国の重要な利益を損なうことなく、柔軟に対応できます。
一方で、地政学的には依然として米国に有利な風が吹いています。
米国の海軍力は、中国のようなランドパワー(陸上兵力大国)との競争において、かなり有利に働いています。
ルイ14世の時代から冷戦時代にいたるまで、英国や米国は、強い陸上兵力を持っていた国の野望によって独立が脅かされている国々と手を結んできました。
中国政府がアジアでの地域覇権を主張しようと一歩前進するたびに、インド、オーストラリア、日本、ベトナムといった近隣国は米国に近寄ります。
これらの国々は、各々の独立を確保すべく、中国と交渉しますが。米国の支援がなければ、うまく行きません。
こうした環境は、米国の大統領に重要なカードを与えます。
一方、中国とロシア両政府は、自らの失策で、欧州を米国の方に押しやっている様に見えます。
ベラルーシのルカシェンコ大統領を支持しているロシアにしても、新疆や香港で強圧的な政策を実施している中国にしても、自分たちを西側諸国から分断しています。
それに加え、中国政府の経済的野心は、ドイツの自動車・工作機械産業など欧州の主要産業に狙いを定めています。
そして中国の貿易保護策、知的財産権の窃取などの動きは米国同様、欧州諸国も怒らせています。
6カ月前の時点で、欧州において、ファーウェイの地位は安泰に思われました。しかし、もはやそうではありません。
米国のシンクタンクCenter for a New American Securityのフォンテーヌ氏は、トランプ氏の支持者ではありませんが、最近、外交誌Foreign Affairsへの寄稿で、トランプ氏の一方的な振る舞いや北大西洋条約機構(NATO)など国際的組織への異議は混乱を拡散しただけではないと指摘しました。
同氏は、トランプ氏の方針が米国に新たな交渉力をもたらしたとの見方も示しました。
米国の同盟諸国は、米国の支援を今後当然のものとして受けることはできない事に、既に気づいています。
次期政権は米国の強さの源泉を強化しなければなりません。
米国の戦略上の利益がインド太平洋へとシフトする動きが加速する中、ホワイトハウスは誰が運営するにせよ、同盟関係を再構築するチャンスを得ることになります。
米国が必要とする日本
ちなみに、米国はランドパワーでしょうか、シーパワーでしょうか。
あれだけの大きな国土を持つのだから、中国やロシアの様なランドパワーと思われるでしょうが、地政学的に言えば、米国は「大きな島」と捉えられ、シーパワーに分類されます。
シーパワーは海で囲まれているため、隣国から侵略を受けるリスクが小さく、大きな陸軍兵力を持つ必要がありません。
従い、英国などは海軍や交易に持てる資源を投入でき、植民地争いで勝利できた訳です。
賢い英国は、ライバルのフランスが欧州内でドイツなどと戦っている時を見計らい、アメリカ大陸やインドなど第三国でフランスとの植民地戦争を起こした様です。
アメリカ大陸は欧州などと違い、米国が脅威を受ける様なライバルが居ません。従い、アメリカは海軍に思う存分力を割けるのです。
今後の米中の覇権争いは、インド太平洋地域が主戦場です。
米国政権は誰がなっても手強いですが、TPPも含めて、米国の対中戦略上、日本の重要性は否が応でも高まるでしょう。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。