バイデン陣営の対中政策
中国政府は次の大統領が誰になるか固唾を飲んで見守っているに違いありません。
もしバイデン候補が当選したら、米国の対中政策がどの様に変わっていくのか、彼らは情報分析に余念がないと思われます。
この点について、参考になる論文が米誌Foreign Affairsで発表になりました。
筆者のJulian Gewirtz はオバマ政権下で外交スタッフとして働いた方で、中国問題の第一人者です。
バイデン政権が誕生すれば、政権入りする可能性があります。
彼の論文のタイトルは「China Thinks Amerika Is Losing」(中国はアメリカが負けると思っている)です。
長い論文ですので、要点を下記の通りご説明したいと思います。
Foreign Affairs論文要旨
毛沢東は米国主導の資本主義社会の衰退を予言しましたが、2008年のリーマンショックをほとんど無傷で切り抜けた中国の統治者は、毛沢東の予測の正しさを改めて認識し始めました。
毛沢東の思想は習近平主席の世界観を形作っています。
現在、多くの中国のエリートは、トランプ大統領が米国の衰退を急激で不可逆的なものにしたと考えています。
彼らは、その理由として、米国の国際協定や国際機関からの撤退や、伝統的な同盟の軽視を挙げています。
米国の国内政策が不平等と二極化を悪化させ、移民を締め出し、研究開発のための連邦資金を削減したのも理由となりました。
中国共産党のエリートたちは、この急速な米国の衰退が、中国の台頭を押さえつけようという行動に米国政府を走らせていると信じています。
中国を抑圧しようとする米国の動きは民主党も含めた超党派の動きであると中国は認識しています。
中国の国営新聞環球時報のこの7月の社説は、「中国に対するアメリカの態度が根本的に変化したという現実を受け入れなければならない」と述べました。
米国が急速に衰退していると言う認識が定着した中で、中国政府がより権威主義的で攻撃的な反応を示したのは当然のことです。
2018年、習主席は党主席としての任期制限を外しました。
香港に新しい国家安全保障法を課し、新疆ウイグル自治区で弾圧を強めました。
オーストラリア、インド、フィリピンと国境線で争い。台湾を威嚇しています。
イランとロシアとの新たなパートナーシップを構築し、中国の外交官に新型コロナの起源についての陰謀説を広めさせています。
2018年に始まった貿易戦争の初めから、中国政府はトランプが商人である事を見抜きました。
有利な取引を行うことしか彼は興味がありません。
これに応えて、中国統治者は、米国との紛争に起因する不安定性に対処するために、国家部門への依存を強化しました。
中国の技術的優位を阻止するどころか、トランプの行動は中国に米国への依存を減らすための動機を提供しました。
習主席は、2025年までに中国を10のコアテクノロジーで70%自給自足にすることを目指す「中国製造2025」イニシアチブなどを通じて、相互依存のリスクに対処しました
中国が自立すれば、中国に対して米国が持つ交渉材料ががはるかに少なくなります。
米国への依存に関する中国の懸念もより広く広がっています。
最近、ドルの使用から銀行間決済システムまで、国際金融の米国支配をめぐって緊張が高まっています。
中国 国家安全保障省の幹部ユアン・ペンは最近「バイデンが勝ったとしても、 アメリカは世界のリーダーとしての役割を取り戻すのに苦労するでしょう。 そして、アメリカの対中政策は、ますます過敏になるでしょう。」と書きました。
習主席は、これらの予想に基づいた新しいポリシーを展開しています。彼はこの春から、「より不安定で不確実な国際世界」に依存することなく、中国の経済発展を内向きに向け直すことを目的とした経済政策を発表しました。
より良い対中戦略
中国に対する米国の戦略は、これらの変化にどのように取り組むべきでしょうか?
米国の戦略は、過去のリセットではない、別のアプローチが必要です。
中国の統治者は、米国の過小評価に基づいて戦略を構築してきました。
米国は、中国側の評価を覆す必要があります。
中国と競争するためには、米国の国内政策が最も重要です。
政策立案者は、コロナ感染を抑制し、すべてのアメリカ人に利益をもたらす経済政策を実施し、米国社会を豊かにする移民を歓迎し、人種的正義を追求して、米国の民主主義が自由と平等の道しるべであり続けることを世界に示す事が必要です。
米国の防衛力に賢明な投資を行い、研究開発のための連邦資金を拡大します。
国の再生のためのこういった野心的な政策は、中国共産党の戦略基盤を大きく揺るがすでしょう。
米国の指導者たちはまた、中国の人口高齢化、生態系の危機、多くの国境紛争、国際的な信頼の低下など、権威主義的な中国の多くの弱点を公に指摘することを躊躇してはなりません。
米国はまた、アジアとヨーロッパの同盟国やパートナーと協力しなければなりません。
知的財産を盗み、違法な行為に従事する企業やグループを罰するために共同戦線を組むべきです。
中国の侵略に対して、軍事力を強化します。
香港、チベット、新疆ウイグル自治区で弾圧を支援している機関や当局者を制裁します。
米国とそのパートナーは、防衛策を講じて、国際貿易の主要分野での協力関係を維持すると同時に、サプライチェーンを再構築します。
しかし、これらすべての努力は、米国の衰退に関して中国共産党がどれほど間違っているかを米国が実証できる場合にのみ、報われるでしょう。
米国は再び自由民主主義のリーダーとなれるか
上記論文の筆者は将来バイデン政権が誕生すれば、中国政策をリードしていく可能性があります。
論文の中で、同意できる点が二点ありました。
一つは、対中政策をリセットする事は得策ではない点です。
長い間、米国は中国に対して、いわゆる「関与政策」を展開してきました。
中国を国際社会に関与させれば、国民も豊かになり、共産党一党独裁に反旗を翻す様になるだろうとの期待のもと、中国をWTOに加盟させ、国際社会に招き入れたのです。
これは米国の思惑通りに進みませんでした。
もう一つは、中国と戦う上で、一番大事なのが米国の国内政治であると指摘している点です。
現在の米国は、貧富の差が拡大し、人種差別は悪化し、至る所に分断が見られます。
自由民主主義の道しるべには程遠い存在です。
カールマルクスが資本論で説いた資本主義社会の滅亡は、今日の米国に当てはまるのではないかという思いさえ頭をもたげてきます。
先日、日本のテレビ番組に出席した駐日中国大使が、びっくりするほど流暢な日本語を操りながら、次の様な発言を行ったことが印象に残りました。
「中国と他の国はそれぞれ異なった歴史を有しています。
14億人の民を統治する必要がある中国は、その伝統に基づいた統治システムを構築しています。
中国は自分のシステムを押し付けるのではなく、各国の多様性を尊重します。」
さすがに上手いこと言うなと思いました。
自国の全体主義的な政権を正当化するばかりでなく、清濁合わせ飲むと言う態度を示す事で、独裁的な政権などは、この発言を聞けば、中国と組みたくなります。
科挙の長い伝統を持つ中国エリート層の実力を侮る事は出来ません。
彼らは、トランプが続投しようが、バイデンが当選しようが、米国の弱みを徹底的に分析し、厳しい一手を打ってきます。
今後も両国間の戦いから目が離せません。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。