核合意復帰の可能性は
バイデン政権の外交政策の中で、イランとの核合意に復帰するか否かは最も注目すべき点の一つです。
この問題について、米国の識者の意見は賛否両論メディアで盛んに取り上げられていますが、もう一人の当事者であるイラン側の意見は全くと言うほど取り上げられません。
そんな中、米誌Foreign Affairsがイランの現役外務大臣であるザリフ氏の寄稿を取り上げました。
何より感心したのは、米国を代表する外交誌がイラン側の言い分を紹介した事でした。
物事には常に二面性があり、敵対する関係にある場合、当事者の言い分は真っ向から対立します。
相手の見方を知ろうとする姿勢は自分たちが間違っているかも知れないと言う仮定に基づいており、Foreign Affairsはそういう謙虚な姿勢を示していると思います。(この外交誌にはイラン核合意への復帰に反対する論文も掲載されており、両方の意見を比較することができます。)
イランの肩を持つわけではありませんが、今回イラン外務大臣の寄稿「Iran Wants the Nuclear Deal It Made」(イランは前回の核合意を求めている)をご紹介したいと思います。
イラン外務大臣寄稿要約
トランプは在任中、この地域で分裂を煽り、大きな戦争の可能性さえありました。
米国新政権には、選択肢があります。
トランプ政権の失敗した政策を受け継ぎ、国際協力と国際法に対する軽視を続ける事も可能ですが、過去の失策と決別し、地域の平和と友好を促進しようと努めることもできます。
バイデン大統領は、トランプの失敗した「最大圧力」政策を終わらせ、前任者が放棄した合意に戻ることで、より良い道を選ぶことができます。
もしそうなら、イランも同様に核合意の下での私たちの約束の完全な履行に戻るでしょう。
しかし、ワシントンが譲歩を引き出すことを主張するならば、この機会は失われるでしょう。
一部の西側の政策立案者やアナリストは、イランを「封じ込める」と話し続けています。
しかし、イランはこの地域の強力なプレーヤーとして、他の国と同じように、正当な安全保障上の懸念、権利、利益を持っていることを覚えておくとよいでしょう。
私たちは、誠意を持って進められる地域対話のイニシアチブに積極的に対応することを常に明確にしてきました。
私たちの地域への米軍の関与は、過去20年間計り知れない損害を引き起こしました。
ワトソン国際公共問題研究所によると、9.11攻撃に続く戦争は、少なくとも80万人の命を奪い、間接的にはさらに多くの命を奪いました。
2001年以来、この地域では少なくとも3,700万人が家を失っています。
米国の侵略と武器の販売のおかげで、イランの近隣諸国は世界で最も軍事化された地域になりました。
人口わずか2700万人のサウジアラビアは、世界最大の武器輸入国です。
米国の武器のもう1つの主要な購入者であるアラブ首長国連邦(UAE)は、人口が150万人に過ぎませんが、世界で8番目に大きな武器購入者です。
これらの国々は、購入した武器を使用してイエメンの民間人に死と破壊をもたらしました。
トランプ大統領は昨年1月イランのソレイマニ将軍を暗殺しましたが、、彼はイスラム国(またはISIS)等過激派グループをイラクとシリアで壊滅させる作戦において主要な司令官でした。
米国は、その行動が引き起こした損害を簡単に元に戻すことはできません。
しかし、新政権は前任者の1つの大きな失敗に対処することができます。
それは、2018年のトランプのイラン核合意からの撤退です。
撤退の後、トランプは、イランの人々を対象とした制裁を開始しました。
トランプ政権が課した制裁により、イランは新型コロナ感染に取り組むために必要な品目でさえ輸入することが不可能になりました。
しかし、これらの困難は私たちに降伏を強いることはなく、経済を崩壊させたり、戦略を変えたりすることもありませんでした。
むしろ、イランに対する圧力は、意図された結果とは正反対のことを生み出しています。
トランプ政権の「最大圧力」キャンペーンは、低濃縮ウランの備蓄を660ポンドから8,800ポンドに拡大し、遠心分離機を古いIR-1モデルからはるかに強力なIR-6にアップグレードさせました。
米国の核合意の放棄は、トランプが核合意だけでなく、合意を承認する国連安保理決議を無視したことを意味し、米国が信頼できないパートナーであるという印象を強めました。
次期バイデン政権は依然として核合意に復帰することが可能ですが、政権は、トランプが就任して以来、課されたすべての制裁を無条件に停止することから始めるべきです。
米国またはそのEUの同盟国が、新しい条件を要求した場合、核合意への復帰は危険にさらされます。
この点について明確にしましょう。
核合意のすべての当事者(米国を含む)は、非常に現実的な理由から、その範囲を核問題に限定することに前回合意しました。
なぜなら、西側は私たちの地域への干渉を放棄する準備ができていなかったからです。
また、米国、さらに言えばフランスや英国は、紛争を煽り、私たちの地域の資源を枯渇させてきました、
その有利な武器販売を制限する準備ができていませんでした。
従って、米国は「私が交渉で得たものは私のものであり、あなたのものは交渉可能である」と主張することはできません。
核問題とは別に、イランは常に私たちの地域を悩ませている問題について話し合うことをいといません。
しかし、部外者ではなく、地域の人々がこれらの問題を解決しなければなりません。
米国もそのヨーロッパの同盟国も、将来の会談を主導または後援する特権を持っていません。
むしろ、ペルシャ湾地域は、外交と協力を促進し、誤算と紛争のリスクを下げるために、包括的な地域メカニズムを必要としています。
イランは、2019年にイランが国連総会に提出したHOPEとしても知られる地域対話のためのフォーラムの創設を長い間提唱してきました。
この提案は、地域的または世界的な覇権の押し付けから解放された、強力で安定した平和で繁栄した国々のコミュニティに対するイランの願望を反映しています。
2019年10月、イランのロウハニ大統領は、ホルムズ海峡のすべての国々(バーレーン、イラク、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦)に、イニシアチブへの参加を正式に招待する手紙を書きました。
その招待状はまだ有効です。
地域の将来はその国民によってのみ決定されなければならないという事実から始まります。
他のアプローチは必ず失敗に終わります。
この目的のために、西側は、幻想的なイランの脅威と戦うという名目で、地域の顧客の悪い行動に対する盲目的な支援を放棄すべきです。
過去4年間に、私たちは何度か戦争の危機に近づきました。
イランはこの期間を通じて抑制を示してきました。
しかし、12月に議会で可決された法律が明確に示しているように、イラン人は忍耐力を使い果たしています。
新しい法律は、制裁が2月までに解除されない場合、イランにウラン濃縮を促進し、国連の検査を制限することを義務付けています。
新米政権のチャンスは長くありません。
バイデン政権の最初のステップは、トランプの危険な遺産を悪用しようとするのではなく、再加入の許可を求めることであるべきです。
それは、トランプが就任してから課されたすべての制裁を取り除くことから始めて、以前に入念に交渉された条件を変えることなく、2015年の核合意に再び入ることを求めることができます。
そうすることで、私たちの地域の平和と安定のための新しい可能性が開かれます。
イラン側の主張にも肯ける点が
ザリフ外務大臣の主張はかなり我田引水の感がありますが、次の様な彼の主張には耳を傾けるべきではないかと思います。
- 米国はサウジ始め湾岸諸国に大量の兵器を販売し、それが一部イエメンの内戦に使われている。欧州諸国も同様に武器を販売している。
- 前回の核合意はEUなども含まれた国際的な合意であったので、これを一方的に破棄した事は、米国の国際的な信用を傷つけた。
- 米国は湾岸諸国の一部の悪い行動を盲目的に支援している。
- 湾岸地域の安定は当事者が主体となって行うべきである、外部の国々の関与は出来るだけ避けるべきである。
歴史を紐解けば、近代に入ってからの中東の歴史は、欧米列強に振り回されて来ました。
欧米にとってみれば、この地域が平和で安定するよりもある程度不安定であった方が得であるという見方もできます。
この地域は石油資源に恵まれていますので、資金は潤沢にあります。
イランという湾岸諸国の敵を作り出せば、武器を大量に購入してくれるという思惑もあった筈です。
バイデン政権が以前の核合意にそのままの条件で戻ることは、現実的ではないと思いますが、イランを含めた中東の平和構築に力を注いでくれればと思います。
イランとの関係が深い我が国にも役割があると思います。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。