新型コロナワクチンにも貢献した遺伝子編集技術の進歩
2020年のノーベル化学賞は遺伝子編集の内部の仕組みを発見した事から、カリフォルニア大学の科学者であるジェニファー ダウドナと彼女の共同研究者であるエマニュエル シャルパンティエに与えられました。
彼女たちが開発した、遺伝子編集を行うCRISPR / Cas9が実用的なツールとしてほぼ完成しているため、人間は遺伝子編集を、人間を含むほぼすべての生物に適用できます。
アルツハイマー病などの致命的な病気を治療する事も、カビ、害虫、干ばつに抵抗する作物を開発する事も可能です。
マラリアを媒介しない新種の蚊を開発することさえ不可能ではありません。
新しい癌治療の臨床試験も進行中であり、遺伝性疾患を治療できるという夢が実現されようとしています。
しかし、物事には光と影があります。
彼女たちが開発した遺伝子編集のツールは安価で誰にでも手に入る様になったため、これを悪用する人間も出てきそうです。
その恐ろしい可能性に関して米誌Foreign Policyが、「The Genetic Engineering Genie Is Out of the Bottle - The next pandemic could be bioengineered in someone’s garage using cheap and widely available technology.」(遺伝子工学の魔神はボトルから出てしまいました-次の感染は、安価で広く利用可能な技術を使用して、誰かのガレージで作られる可能性があります)と題した論文を掲載しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Policy論文要約
トランプ米大統領は、新型コロナを引き起こしたウイルスは意図的に設計されたか、中国の武漢ウイルス研究所での事故によるものであると発言しました。
遺伝子工学が今回の世界的感染の背後になかったとしても、それが次の感染を引き起こす可能性は高いです。
新型コロナが西側の経済を屈服させた事により、世界中のすべての独裁者は、病原体が核ミサイルと同じくらい破壊的である事を認識するに至りました。
さらに心配なのは、ウイルスを設計するのに広大な政府の研究所が必要なくなったことです。
遺伝子工学の技術革命により、ウイルスを作成するために必要なツールが非常に安価に入手できるようになり、不正な科学者やバイオハッカーなどがそれらを使用できるようになり、さらに大きな脅威が生まれました。
遺伝子工学は、良くも悪くも、民主化されています。
ウイルスを設計するための生物研究者の最初のステップは、風邪の原因となるコロナウイルスの1つなど、既存の病原体の遺伝情報を取得することです。
1970年代、バクテリアの遺伝子情報の構成要素である5,386塩基対を決定するためだけに、数週間の労力と数百万ドルの費用がかかりました。
今日、ヒトゲノムを構成する3,000,000,000塩基対の配列決定は、米国では数時間で約1000ドルで行うことができます。
中国のゲノミクス研究会社BGIGroupは、今年の終わりまでにオンラインで完全なヒトゲノムシーケンスを約290ドルで提供する予定であると伝えています。
ウイルスを操作する次のステップは、既存の病原体のゲノムを変更してその影響を変えることです。
CRISPR遺伝子編集ツールを使用すればワードでドキュメントを編集するのと同じくらい簡単に生命体を設計できます。
かつてDNAを実験するのに何年もの経験、洗練された実験室、そして数百万ドルが必要だったのですが、CRISPRはそれをすべて変えました。
CRISPR編集機能を設定するには、実験者はRNAのフラグメントを注文し、インターネットで市販の化学物質と酵素を購入するだけで済みます。費用はわずか数ドルです。
非常に安価で使いやすいため、世界中の何千人もの科学者がCRISPRベースの遺伝子編集プロジェクトを実験しています。
この研究のほとんどは規制によって制限されていません。
何故なら、規制当局が何が可能になったのかをまだ理解していないためです。
安全と倫理よりも技術の進歩に重点を置いている中国は、最も驚くべき進歩を遂げました。
2014年、中国の科学者たちは、胚の段階で遺伝子組み換えたサルの生産に成功したと発表しました。
その後、2018年11月、中国の研究者である賀建奎は、最初の「CRISPR赤ちゃん」、つまり生まれる前にゲノムが編集された健康な乳児を作成したと発表しました。
人民日報は「歴史的突破口」と一旦は称賛しましたが、世界的な騒ぎの後、中国当局は彼を逮捕し、3年の刑を宣告しました。
しかし、生物医科学のルビコン河は越えられました。
中国の不正な科学者の軍団は確かに心配です。しかし、遺伝子編集技術は非常に利用しやすくなっているため、10代の若者がウイルスを実験する事も可能になります。
通信販売のDNAフラグメントををつなぎ合わせる事で、2017年にアルバータ大学のチームは、天然痘ウイルスの絶滅した親戚であるホースポックスをゼロから復活させることに成功しました。
これらのテクノロジーは適切な目的で使用すると、病気の治療法をすばやく見つけることで、人類の問題を解決するのに役立ちます。
しかし悪のために使われれば、世界的な大混乱を引き起こす可能性があります。
本来、人間や動物の遺伝子編集にCRISPRを使用することを防ぐための国際条約が必要でした。
米国食品医薬品局は、企業がDIY遺伝子編集キットを販売することを阻止すべきでした。
政府は、アルバータ大学などの研究室に制限を課すべきでした。
しかし、これらのコントロールは全く行われませんでした。
これらのテクノロジーの世界的な普及を止めるには今では遅すぎます—魔神はボトルから既に外に出てしまいました。
現在、唯一の解決策は、防御を構築しながら、これらのテクノロジーの良い面を加速させることです。
新型コロナワクチンの開発で見られるように、これは可能です。
過去には、ワクチンの作成には数十年かかりました。
現在、遺伝子工学の進歩のおかげで、私たちは数ヶ月以内にそれらを手に入れられます。
また、開発サイクルの中で最も遅い部分となっているワクチンや治療法のテストプロセスを加速させる事もできます。
たとえば、より多くの潜在的な抗がん剤をより迅速にテストするために、世界中の研究所が腫瘍生検から「患者由来オルガノイド」と呼ばれる3次元細胞培養を作成しています。
この分野のリーディングカンパニーであるSEnginePrecision Medicineは、これらのオルガノイドで100を超える薬剤をテストできるため、人間の被験者をモルモットとして使用する必要がありません。
過去の過ちを正すために後戻りすることはできません。
今回の新型コロナ感染拡大は、これから起こることの序章として扱わなければなりません。
私たちのコンピューターが侵入者に対して持っているのと同じ様な防御を構築するために、私たちは迅速に学ぶ必要があります。
テクノロジーの持つ諸刃の剣
ゲノム編集技術はノーベル賞に値する素晴らしい発見でしたが、それを生かすも殺すも人間次第という事でしょうか。
悪用されれば、それこそ新型コロナより恐ろしいウイルスが世界を襲うことになるでしょう。
また、生まれてくる子供の遺伝子を操作することによって、その子の能力や性格まで操作する事も可能になるでしょう。
人間の社会を進歩させるのは、テクノロジーであると私は信じていますが、テクノロジーは諸刃の剣であり、その使用には倫理観が不可欠と思います。
物理学の天才アインシュタインは人類の進歩に大きな足跡を残しましたが、彼の理論が基礎となって開発された原子爆弾が人類に対して使われたことについて彼自身悔やんでいた様です。
パンドラの箱は開けられてしまいましたが、この技術をどの様に使うか、人類の英知が問われています。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。