保守強硬派大統領の選出
イランの大統領選挙は先日行われ、保守強硬派のライシ氏の当選が確定しました。
イランの大統領選は、国民の直接選挙によって行われるのですが、多くの候補者が選挙を前にして失格とされ、保守強硬派の候補者のみが残ったため、国民は選択肢を失い、投票率はかなり低下したようです。
保守強硬派の大統領が選出された事について、NHKは次の様に報道しています。
「現在のロウハニ政権がとってきた欧米との対話路線は転換される見通しとなり、対立するアメリカとの関係改善は一層難しくなるものとみられます。」
現在ウィーンで進行中の核合意交渉も難しくなったとする報道が多く、私もその様に思っていました。
しかし物事はそれほど単純ではなさそうです。
米誌Foreign Policyが「Why Raisi Is the West’s Best Hope for a Deal With Iran」(なぜライシ氏がイランとの取引のための西側の最大の希望なのか)と題する論文を掲載しました。
著者はジョンズホプキンス大学教授のVali Nasr氏です。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Policy論文要約
イランの大統領としてのライシの選出は、国内の主要な政治機関の保守派による独占を完了させました。
ライシの勝利は、候補者を精査する監督者評議会が、穏健改革派の候補者をすべて排除することによってもたらされました。
これに呼応した国民の怒りと無関心は記録的な低い投票率となって現れました。
イラン人は概して、今回の選挙結果を市民の権利に対する懸念される脅威であり、経済的および社会的改革の後退と見なしています。
多くの人は、1980年代後半に数千人の政治犯の処刑を監督した新大統領を軽蔑しています。
しかし、イランの右への急激な方向転換は、西側がイランに最も緊急に望んでいること、つまりテヘランの核計画を効果的に抑制する核合意という点においては、必ずしも悪いことではありません。
逆に、取引の可能性が高くなる可能性があります。
ディールへの反対者が重要な外交の突破口になるという点では、過去に類似したケースががあります。
イランとの核合意は、ニクソン米大統領が中国に行くことや、イスラエルのメナヘム首相がキャンプデービッド合意を作り始めたのと同様の理屈で実行される可能性があります。
2013年には、穏健な大統領の選出が米国との核合意を封印するために重要でしたが、現在、新しいものを締結するためには強硬な保守派大統領が必要であるように思われます。
バイデン政権は早い段階で、核交渉をイランの大統領選挙に関連づける事は逆効果になることを理解していました。
実際、大統領選挙を無視し、核交渉を長期のプロセスに落ち着かせることで、最高指導者のハメネイがウィーンの交渉を支援することを容易にしました。
ハメネイが2015年の核合意を承認し、イランの核合意を支持したことを思い出してください。
トランプ大統領が合意から突然撤退した為、ハメネイは核合意の遵守からの漸進的な後退を支持しました。
しかし、彼はイスラム革命防衛隊や核合意を完全に放棄する様求めた議会の強硬派とは一線を画しています。
彼の立場はもっと中庸でした。
彼は米国を強く批判しましたが、イランは署名した協定に従うだろうと言い続けました。
彼はウィーンの会談を直接支持しませんでしたが、「国の責任者(すなわちロウハニ大統領のチーム)を、心から支援する。」と述べました。
最高指導者からヒントを得て、大統領選中、ライシを含むすべての保守的な候補者は、合意を破棄するとは誰も言いませんでした。
これはすべて、最高指導者の思想に沿ったものです。
ウィーンの交渉は今や重大な節目に到達しました。
既に、技術レベルでは一般的な合意があります。
米国が同意していないのは、将来の米国大統領がこの取引を再び覆すことはないというイランからの保証要求です。
一方、米国政府は、イランに対して核開発計画の更なる抑制、地域の問題、およびミサイル計画などについて追加の要請を行なっている模様です。
最高指導者は難しい決断に直面しています。
ウィーンでの合意に青信号を出すのは彼の責任です。
イラン社会と国の経済は深刻な圧力にさらされています。
イラン人は救済を望んでおり、彼は実行可能な取引を拒否していると見なされることを望んでいません。
彼はまた、穏健派の大統領が進める米国との妥協案を支持したくありませんでした。
重要なリーダーシップの変化が間近に迫っています。
最近の選挙は、82歳の最高指導者への迫り来る継承によって影が薄くなっています。
ハメネイは、その瞬間が来たときに、イランのすべての権力のレバーをしっかりと保守的に管理することを望んでいます。
ハメネイは、後継者が成功するために、ライシと保守派が政権で成功しなければならず、国は社会的および政治的に安定する必要があることを強く認識しています。
これらの条件は、米国とイランの間に協定がある場合にのみ達成することができます。
イランが深刻な経済的圧力の下で動揺し、米国との潜在的な戦争に直面しているときに、新しい最高指導者の継承は厄介で予測できない可能性があります。
スムーズな継承には、米イラン合意が必要です。
ライシにもメリットがあります。
彼は、投票で選出された大統領の中で最も少ない票数で選出されました。
約49パーセントの投票率はイスラム共和制の歴史の中で最低です。
ライシは投票の72%を獲得しましたが、彼に必要な正当性を与えていません。
この正当性の不足を補うためには、国を運営することができるとの評判を得なければならないでしょう。
イラン人の目に明らかな尺度は、活気に満ちた経済と彼らの日常生活の明白な改善です。
大統領選挙中に、経済を後押しすると公約した彼の話は、貿易収入と石油収入の今後の急増、言い換えれば、ウィーンでの交渉の成功を暗示していました。
イランの保守派が本質的に米国に対して敵対的であり、ロシアと中国とのより緊密な関係を説いているのは事実です。
しかし、イデオロギーの強硬論の背後には、リアリズムが隠されています。
今や彼らは権力を維持するために世界との関係の安定を追求しなければなりません。
そのためには、彼らは最初に米国と取引しなければなりません。
西側諸国はしばしばイランの選挙をイランの人々が改革の支持者を支援して強硬派の立場を変えることができる機会と期待しています。
1997年のハタミ大統領以来、西側は、穏健派と改革派が権力を握った場合にのみイランとの交渉が可能であると想定してきました。
実際は逆です。
バイデン政権は、ライシの選出を機会として利用すべきです。
イランとの永続的な核合意を得て、米国が中国との戦いに焦点を移すことができるように地域の緊張を緩和する必要があります。
米国の経済制裁に苦しむイラン
歴史を振り返れば、国際政治におけるブレークスルーは、それまでディールに強硬に反対していた党派が政権を握った時にしばしば起きています。
冷戦時代、中国との国交回復を反共、タカ派で知られたニクソン大統領が成し遂げるとは誰も予想しませんでした。
イランの場合も、対米強硬派の保守派が、核合意の支持に回れば、合意がなされる可能性が高まります。
ハメネイ氏は、核合意に復帰するために、ライシ氏を大統領に当選させたのかもしれません。
イランは経済制裁により外貨収入の大部分を奪われ、相当に疲弊している様です。
イラン人は名うてのハードネゴシエーターですが、客観的に見ると、追い込まれているのはイランの方で、彼らは今回かなりの譲歩をせざるを得ないでしょう。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。