米中対立とシンガポール
シンガポールという国は訪れた方も多いと思います。
東京23区とほぼ同じ大きさしか無いこの国が、アジア最大の貿易ハブ、金融センターである事は有名ですが、昔、アヘン戦争で勝利した英国が中国からの賠償金と安い苦力(労働者)の力でこの地域を開発し、貿易港とした事はあまり知られていません。
これといった資源もないこの国は1965年マレーシアから追い出される様な形で独立しましたが、その後有名なリー クアン ユー首相の下で、急速な経済発展を遂げました。
この国の4分の3を閉めるのは中国系いわゆる華僑の人たちですが、シンガポールが成長したのは、やはり華僑の人たちの商才が最大の理由だと思います。
そんなシンガポールが今米中の対立の中、揺れている様です。
米誌「Foreign Policy」が「Chinese-U.S. Split Is Forcing Singapore to Choose Sides」(米中対決はシンガポールにどちらに付くかを強いている)と題した論文を掲載しました。
著者のWilliam Choong氏はISEAS-Yusof Ishak Institute の上級研究者です。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Foreign Policy論文要約
シンガポールでは、「kiasu」という言葉は頻繁に使われます。
東南アジアの多くの華僑の共通語である福建方言では、「機会を逃す恐れ」を表しています。
東西を結ぶ貿易ハブとして、シンガポールはあらゆる方向に機会を開いておくよう努めています。
そのため、米中の間でどちらかに味方する事を避けようとしています。
しかし、近年、中国はシンガポールに大きな圧力をかけています。
それは二大国のどちらかを選択するように促し、北京に対してより寛容な立場をとるようにシンガポール人に働きかけています。
このような中国の圧力の根拠は、中国と米国に対する世界的な見方を調査した6月のピュー研究所の報告書で明らかです。
17の先進国を対象とした調査では、中国に好意的な見方をした回答者は全体の27%に過ぎず、中国に対して厳しい見方をしていることがわかりました。
しかし、シンガポール人は、約64%が中国に対して好意的な見方をしており、調査対象国の中で最も高いものでした。
これは、日本人の10%、オーストラリア人の21%、韓国人の22%と比べて対照的です。
同様に、シンガポール人の49%は、中国との緊密な経済的つながりを高く評価しています。(米国については33%です。)
17の国全体では、回答者の21%だけが中国との経済的関係を評価しましたが、米国との経済関係は全体の64%が評価しました。
中国の習近平国家主席に対するシンガポール人の認識もまた、他国と大きく違いました。
シンガポールでは70%が中国の指導者への信頼を表明しました。
一方、17か国全体では、なんと77%が習主席に否定的な見方をしました。
ピュー研究所はまた、年配のシンガポール人が中国に対してより前向きな見方をしており、若い同胞よりも緊密な経済関係を好むと述べました。
当然のことながら、シンガポールの人口の約4分の3を占める中国系シンガポール人は、マレー系やインド系の同胞よりも中国に対して好意的な見方をしています。
シンガポールの多様で多文化的な社会は、ピュー研究者が調査対象とした一般の人々と、国の思想的指導者や政策立案者との間で認識に違いがある事を明らかにしています。
2021年のシンガポールのISEAS-Yusof Ishak Instituteが、学者、ビジネスマン、政府関係者、ジャーナリストに焦点を当てて、東南アジア諸国連合(ASEAN)の10か国を調査しました。
このエリートグループの中で、シンガポールの回答者の57%は、中国が世界の平和、安全、繁栄に貢献するために「正しいことをする」という確信を持っていないと述べました。 (すべてのASEAN諸国での平均値は、63%で、中国に対してさらに批判的でしたが。)
シンガポールを米国の友人と見なしているアメリカ人にとって、ピュー研究所の調査報告を残念な内容かもしれません。
ギリシャを除いて、シンガポールは、一般の人々が中国に対して米国よりも好意的であった唯一の国でした。
米国の高官によると、シンガポールは、あらゆる面で同盟国のように振る舞う非同盟国のパートナーです。
米国はシンガポールへの最大の外国投資国であるだけでなく、2004年の自由貿易協定は、米国がアジア諸国と締結した最初の二国間貿易協定でもありました。
シンガポールと米国の軍事面の関係はかなり緊密なため、正式な同盟国ではありませんが、それに近い関係があります。
しかし、北京とワシントンの間の緊張の高まりは、シンガポールが2人の恋人の間で事実上引き裂かれていることを意味します。
シンガポールの元外交官であるBilahariKausikanは、次のように述べています。「中国人とアメリカ人の両方を喜ばせるスイートスポットはありません。」
シンガポール政府は米国への動きと同様に中国へも働きかけました。
シンガポールと米国の2019年の軍事関係の覚書が延長されてから1か月も経たないうちに、シンガポールと中国は、同様な協定を更新しました。
シンガポールのバランスを取ろうとする動きは、東南アジアで普及しています。
ASEAN加盟国は、中国と米国のどちらかを選択する必要はありません。
しかし、そのバランスを達成することはますます困難になっています。
ある米海軍大将が私に言ったように、シンガポールは2つの大国の間でますます不安定な綱渡りを強いられています。
両大国はシンガポールを自分の方向に引っ張ろうとしています。
航行の自由、国際法の尊重、海上安全保障の原則を備えたワシントンの「自由で開かれたインド太平洋」戦略は、理論的にはシンガポールのような貿易大国によって歓迎されるでしょう。
しかし、この戦略が中国をターゲットにしていることは公然の秘密です。
2003年、シンガポールは、NATO以外の主要な同盟国になるという米国の申し出を断ったと伝えられています。
したがって、ワシントンはシンガポールに「クワッド」を公に支持することを望んでいますが、これは実現しそうにありません。
ASEAN諸国の観点からは、米国主導のインド太平洋戦略を公に支持し、クワッドに参加することは、中国に反旗を翻すのと同義です。
今後のシンガポールの最大の課題の1つは、シンガポール人であることの意味についての中国政府の根本的な誤解です。
中国の力がアジアでより優勢になるにつれて、中国本土はシンガポール人、特に中国系のシンガポール人が彼らのように考えることを期待するでしょう。
中国本土の学者と話し合う際に、私の考えは北京の世界観と等しいはずだという期待にしばしば遭遇しました。
シンガポールの建国の父であるリー・クアンユーは、中国本土とそのシンガポール人のいとこは同じ民族と言語を共有している可能性があると述べました。
しかし彼は、中国系のシンガポール人が「彼らの一部を本当に感じる」ことは不可能だと書きました。
北京もワシントンも今後圧力を緩める可能性は低そうです。
中国は間もなく、中国の軍艦によるシンガポールの施設へのより正式なアクセスを要求する可能性があります。
台湾海峡の危機では、ワシントンはシンガポールに、ペルシャ湾から台湾に向かう米国の軍艦に港へのアクセスと物資を提供するよう要請するかもしれません。
これはシンガポールに大きなジレンマをもたらすでしょう。
欧米の外交官が最近私に言ったように、シンガポールの状況はますます厳しくなっています。
両方向からの圧力により、二者択一を避けることがますます難しくなっています。
華僑のバイタリティーとしたたかさ
昔、マレーシアに頻繁に出張し、現地の華僑と親しく仕事をした事があります。
マレーシアは人口の3%にも満たない華僑が多数派のマレー人を押しのけて経済の実権を握っていました。
従い、マレーシアで何の制限も設けないと、華僑が全ての面でマレー人の上に立ってしまうので、「プミプトラ」というマレー人優遇策が施行されていました。
それでも華僑は経済の実権を握り続けました。
華僑と付き合っていると、彼らの「良く食べ、良く遊び、良く働く」バイタリティに圧倒されます。
シンガポールはそんな華僑が多数派の国です。
アジア最大の貿易ハブ、金融センターである彼らは、現在米中対立の狭間で、難しい選択を迫られている様ですが、おそらく米中双方の要求をうまくかわしていくと思います。
それどころか、米中対立を利用して双方から良い条件を引き出すのではないかと思います。
それだけシンガポールは米中両国にとって失いたくないインド太平洋の要です。
シンガポール人はその事を最大限活用する術を知っています。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。