ドイツの電動車シフト
ドイツは自動車大国で知られています。
ベンツ、BMW、フォルクスワーゲンなどは知らない人はいません。
しかし、先日国際フェアで、彼らが発表した新車はほとんどが電気自動車(EV)でした。
ハイブリッド車も過去のものと言わんばかりのドイツメーカーのEVシフトに驚かされました。
しかし、この急激なEVシフトは当然のことながら大きな犠牲を払うことになります。
この点について英誌Economistが「A troubled road lies ahead - The all-powerful automotive sector faces a challenging future」(困難な道が目前に - 強力な自動車セクターは困難な未来に直面しています)と題した記事を掲載しました。
かいつまんでご紹介したいと思います。
Economist記事要約
「ザールラント州も変革とは無縁でいられない。」とドイツの金属労働組合のアルブレヒト氏は述べます。
ドイツの16州の中で2番目に小さい州に存在する石炭鉱床と鉄鋼は州を豊かにしましたが、1970年代、グローバル化の際に失業問題に悩まされました。
その後自動車部品産業が経済を支えましたが、現在第3の変化に直面しています。
これは、産業の変革と気候政策が、自動車と鉄鋼という2つの大きな雇用源を脅かしているからです。
政府は、2030年までにドイツの道路で(現在100万台)1400万台の電気自動車(EV)が走ることを期待しています。
しかし、内燃機関の死は、ギアボックス、冷却システム、または燃料噴射ポンプメーカー等のビジネスモデルを破壊します。
ザールラント州の自動車産業では、主に中小企業で約20,000人が働いています。 「
自動車部門の大幅な削減は、非常に大きな社会問題を意味します」と専門家は語ります。
労組の調査によると、ドイツの自動車労働者の42%が自分たちの将来を懸念しています。
ドイツの炭素排出量の約6%を占める製鉄所の労働者も同様です。
工場はすでに数万人の雇用を失っています。
石炭コークスの代替として 再生可能エネルギーから得られる水素を使用する脱炭素計画では、必要な労働者ははるかに少なくなります。
炭素価格の不確実性や鉄鋼輸入に関するEUの政策なども鉄鋼関係者の懸念を深めています。
ドイツの産業モデルは、企業、労働者、政府の間のコンセンサスを重視した完全雇用に基づいています。
しかし、組合が「公正な」移行と呼ぶものは、2019年に合意された「脱石炭プログラム」のような破滅的に高価な取引につながる可能性があります。
2万人を雇用する石炭業の2038年までのゆっくりとした終了は400億ユーロ(約5兆円)を必要とします。
このシフトは大企業にとっても課題です。
ドイツに約30万人の従業員を抱えるフォルクスワーゲン(VW)は、失われた時間を埋め合わせるために、電気自動車シフトを急いでいます。
そのカリスマ的なボス、ヘルベルト・ディースは、テスラに対抗するために、ベルリンの郊外にバッテリー生産の巨大ファクトリーを開く事を決定し、電気自動車に大きく舵を切りました。
電気自動車は2030年までに自動車販売の半分を占めると述べています。
世界の炭素排出量の2%を占めると考えられているVWは、2035年までにヨーロッパでのガソリン車販売を停止します。
しかし、VWの内部の人間と話してみれば、この電動シフトがどれほど大きな変化であるかが理解出来るでしょう。
VWは2030年までにヨーロッパに6つのリチウムイオン電池工場を建設することを計画しています。
車の製造はバッテリーを中心に構築されるようになり、その逆ではなくなります。
サプライヤー、バッテリー、サービス、インフラストラクチャを備えたシステムが完成して初めて、顧客は電気自動車を使うようになります。
デュイスブルクの自動車研究センターの責任者であるデュデンヘッファー氏は、自動車産業はその歴史の中で最大の混乱に直面していると述べています。
電動化はほんの始まりに過ぎません。
フォルクスワーゲンのブランドであるアウディは、収益モデルを覆す可能性のある成長市場である自動車サブスクリプションモデルを試しています。
ソフトウェアシステムには、デジタルスキルが必要です。
「私たちは自動車のハードウェア面に強いのですが、データとAIはあまり得意ではありません」と、ドイツの自動車専門家は語ります。
フォルクスワーゲンがテスラに追いつかないこと、または中国企業が台頭することを恐れる人もいます。
更に完全自動運転車が登場すれば、これまでで最大の変化をもたらす可能性があります。
雇用問題に関して、恐怖は誇張されていると主張する人もいますが、多くの専門家はそれほど楽観的ではありません。
駆動ユニットの生産がバッテリーの生産とソフトウェア作りに取って代わるため、国の170万人の自動車労働者のほぼ半数、特に中小企業のサプライヤーは新たなスキルを必要とします。
これは、企業と労働者にとって「かなりの費用」を意味するでしょう。
そして国にとっても同様です。
2025年まで、連邦政府はEVバイヤーに1台あたり6,000ユーロの助成金を支給します。
ドイツ銀行は、一台のEVがその寿命にわたって、国に2万ユーロの補助金と税金を費やす可能性があると計算しています。
ザールラント州は、産業の空洞化の波が来る前に、新しい産業が生み出される事を期待しています。
中国のバッテリーメーカーであるSvoltが、同州で2つの工場を計画しています。
誰もが同意することの1つは、移行は公的資金で賄われる必要があるということです。
業界は、脱炭素化への完全な移行を行うために約300億ユーロ(約4兆円)が必要になると考えています。
一部の政治家は、気候保護が繁栄の次の原動力になると約束していますが、少なくともザールラント州では、多くの人が納得していません。
我が国はどうする
上記のドイツが抱える問題はそのまま我が国の問題でもあります。
自動車産業は日本のエンジンです。
これが揺らぐ様なことがあれば、日本経済は立ち直れないほどのダメージを受けます。
現在、自民党の総裁選が行われていますが、候補者の皆さんに20年後の日本の産業はどうなっているか、国際競争の中で日本は何で食っていくのかという質問に答えて欲しいと思います。
コロナ対策も大事ですが、産業政策とエネルギー政策は国の根幹に関わる非常に重要な課題です。
自動車の電動化は気候温暖化の文脈の中で出てきていますが、この作戦は中国が巧妙に仕掛けた罠ではないかと思います。
内燃機関の開発では、西側に追いつけないと考えた中国は、比較的開発が容易な電気自動車への流れを作り出したのではないでしょうか。
巨大な中国市場を餌にドイツ勢を仲間に引き入れ、電気自動車で世界のリーダーになろうとの戦略が透けて見えます。
ドイツは財政運営では優等生です。国が巨額の補助金を出して、失業者を保護し、産業振興に必要な研究開発資金も出す余裕があります。
我が国に同様の余裕があるでしょうか。
他国に負けないしたたかな国家戦略が求められています。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。