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トルコのポスト親西側外交

エルドアンの次の5年

再選を果たしたエルドアン大統領のトルコは今後どの様な外交政策を展開するのでしょうか。

エルドアン外交の今後について米誌Foreign Affarisが「Erdogan’s Post-Western Turkey - Washington Must Embrace a Transactional Relationship With Ankara」(エルドアンのポスト西側外交 - 米国はトルコとの取引に応じるべきだ)と題する論文を掲載しました。

著者はBrookings Institutionの客員研究員であるASLI AYDINTASBAS氏と欧州外交問題評議会のDirectorを務めるJEREMY SHAPIRO 氏です。

かいつまんでご紹介したいと思います。

Foreign Affairs論文要約

2023年5月のトルコ総選挙の数カ月前、エルドアン大統領は数千人の聴衆の前で選挙スローガン「トルコの世紀」を発表しました。

そこではこの様なテーマソングが歌われました。

 

私は翼の折れた鳥だった

 

100年間沈黙してた

 

でも、もう十分、もう、静かにする必要はない

 

自由に生きて、いつでも自由に!

 

エルドアン大統領は「世界覇権への挑戦」と表現し、トルコを「政治、経済において世界のトップ10の中に入れる」と誓いました。

エルドアン大統領のビジョンは「トルコ共和国は、帝国主義者との度重なる戦いに勝利し、ついに世界大国としての正当な地位を獲得する準備が整った新興大国である。 それはもはや西側からの承認を求めず、西側の自由主義の理想を熱望せず、もはや西側に依存しないポスト親西側大国」です。

エルドアン大統領以前のトルコでは、トルコを西洋化し、「現代文明のレベル」に引き上げる事が共和国の使命であると述べたトルコの建国者アタテュルクの遺産として大切にされ、支持されていました。

しかし今日、公の場で西洋の思想や制度を擁護する人はほとんどいません。

テレビのコメンテーターや政治家は、日常的に米国、欧州、NATOをひとまとめにして、それらすべてを偽善的で搾取的であると嘲笑しています。

親西側のリベラル派はメディアから姿を消しました。

 

トルコの外交政策でも同様の変化が進行中です。

第二次世界大戦後数十年間、トルコは欧州・大西洋諸国の制度にしっかりと定着し、先進的で繁栄した西側民主主義諸国に追いつくことによって、常に存在するソ連の拡張主義の脅威から身を守ろうとしました。

米国政府は、冷戦時代の観点からトルコを、共産主義やソ連の影響との戦いにおいて有用な辺境国家とみなしました。

トルコは決して完全に西洋的でも民主的でもありませんでした。

しかし、冷戦時代に、この国の世俗的エリートたちがトルコを西側に固定したいと考えていたという事実は、米国の政策立案者にとって都合が良かったのです。

 

今日では、そのイメージは大きく異なります。

2002年にエルドアン大統領が政権を握って以来、特に2016年にエルドアン政権に対するクーデター未遂が失敗して以来、ワシントンとトルコ政府の関係は着実に悪化しています。

エルドアン大統領を含むトルコの政治家は、しばしば米国をパートナーとしてではなく対立者として位置づけます。

例えば、2020年に米国がロシアからS-400地対空ミサイルシステムを購入したとしてトルコに制裁を課したとき、エルドアン大統領は米国の決定をトルコの主権に対する「露骨な攻撃」と呼びました。

一方、米国では一部の米国の政策立案者がトルコのNATOメンバーシップに対してを公然と疑問視しており、トルコ政府がモスクワに接近していることを懸念しています。

 

しかし、この両国の怒りは最近、沈静化し始めています。

エルドアン大統領のトルコは、西側諸国が衰退し、多極化した世界が台頭しつつあるという前提に基づいて運営されています。

しかしトルコは、NATOから離れ、NATOに対抗する目的で中国とロシアが2001年に設立したユーラシアの防衛・安全保障組織である上海協力機構に向かうことで陣営を変えることを望んでいません。

むしろトルコは、中東や中央アジアへの影響力と経済力をより広範囲に拡大しながら、各陣営に足を踏み入れたいと考えています。

エルドアン大統領はイデオロギー、文化、アイデンティティーに関して西側諸国との明確な決別を求めていますが、トルコが影響力を行使できるより多くの機会を見つけたいと考え、大国間で慎重に調整されたバランスを取ることも試みています。 

米国は歴史の流れを逆転させ、トルコを西側諸国やEUに再統合させることはできません。

トルコのEU加盟への挑戦は瀕死になっているのではなく、死んでいます。

米国大統領がトルコ指導者の隣に立って人権について説教できる時代は終わりました。

しかし、米国は、トルコが脱西欧国家となった状態でも、依然として有意義な関係を構築することができます。

トルコ政府は理想的な同盟国からはほど遠いかもしれないし、共通の価値観や、米国政府が考えるルールに基づく国際秩序の重要性を訴えても動かないでしょう。

しかし、エルドアン大統領の現実主義、地域的野心、取引主義が有意義な関係を可能にします。

 

本質的に、バイデン政権のトルコ戦略はトルコ政府と慎重に距離を保つことでした。

ほとんどの場合、バイデン氏のアプローチはうまく機能し、双方の期待を低下させ、相違を隠蔽しました。

政権はトルコとの関係を維持していますが、2021年の米国のアフガニスタンからの撤退や、黒海経由での穀物の輸送を許可したロシアとウクライナの合意など、差し迫った重要な問題についてのみです。

より広範な地政学的課題に関する米国とトルコの協力は、あまり重要ではないか、存在していません。 

距離が離れると必ずしも心が親密になるわけではなく、米国とトルコの冷たい和平は互恵的な協力というよりは円満な離婚のように見えます。

一方、過去10年間、ロシアとトルコの関係は全般的に進展しました。

エルドアン大統領はロシアの残虐行為に対する直接の批判を控えており、西側諸国がウクライナ侵略を誘発したというロシア政府の主張をしばしば支持してきました。

トルコは対ロシア制裁に従うことを拒否し、クレムリンとの経済的・政治的関係を維持してきました。

それは両大統領の間の親密な個人的関係によって強化されました。

 

一方、トルコとロシアは依然として戦略的競争相手であり、リビアとシリアの代理戦争で反対側を支援しています。

そして、エルドアン大統領は、ウクライナ戦争に関する西側の言い分に同意することやロシアを制裁することを拒否しているにもかかわらず、ウクライナ戦争においてあらゆる実質的な意味でウクライナの側に立って、ウクライナとの緊密な防衛産業関係を確立し、ウクライナに武器を供給し、 ウクライナのNATO加盟への提案さえ支持しました。

結局のところ、トルコはロシアが自国の北側を支配するのを望んでいません

 

多くの中大国と同様、トルコは大国の間を行き来することで戦略的依存を回避しようとしています。

しかし、その状況は特に深刻であり、トルコは、さまざまなより強力な国々の間だけでなく、独裁主義と民主主義、ヨーロッパとユーラシア、西側寄りの世俗主義と保守的なナショナリズムの間で引き裂かれる立場にあります。



総合的に見て、これは米国と他の同盟国にとって前向きな展開です。

トルコは米国政府にとって多くの重要な外交政策課題の中心に位置しています。

トルコはロシア、中東、ヨーロッパを結ぶ黒海に面した戦略的な位置にあるため、同国はウクライナ戦争の重要なプレーヤーであり、ロシアを封じ込めようとする西側諸国の取り組みにとって極めて重要です。

キエフとモスクワの間で交渉が始まれば、エルドアン大統領とプーチン大統領の関係が西側にとって重要な手段となる可能性があります。

そして、アメリカ政府とその同盟国にとってトルコの重要性は黒海地域を超えて広がっています。

トルコ政府はまた、例えばアゼルバイジャン同盟国にアルメニアとの和平合意に達するよう促すことができるなど、コーカサス地域の安定維持にも貢献できます。

同様のことがイラクとシリアにも当てはまり、トルコの存在が米国政府の影響力をある程度維持するのに役立っています。

最後に、米国は、トルコが、ヨーロッパ全土が東地中海の潜在的に膨大な資源を利用できるようにする持続可能なエネルギー輸送アーキテクチャの構築を支援する事が期待されます。

 

これらすべての理由から、米国はトルコとの関係の安定化を目指すべきです。

これは、より取引き的な考え方に移行することを意味します。

 

スウェーデンのNATO加盟をめぐる最近ビリニュスで行われたNATO首脳会議での交渉の成功は、そのモデルとなるかもしれません。

エルドアン大統領は明らかに取引ムードにあり、スウェーデンの同盟への参加を支持する代わりに、トルコは米国からの譲歩も要求しました。

バイデン政権は舞台裏で、トルコ政府が長年購入を望んでいたF-16戦闘機をトルコに売却するよう米議会に圧力をかけました。

 

このエピソードはまた、トルコの主要な外交政策問題について依然として唯一の意思決定者であるエルドアン大統領の中心的な重要性を浮き彫りにしました。

エルドアン大統領は西側諸国の指導者らに拘束されることを嫌っていますが、 同氏はトルコ周辺の地政学的環境の変化も認識しており、トルコが西側諸国との関係を維持する必要性も認識しています。

同氏は過去数年間、ほとんどの西側指導者が彼との会談を避けてきたため、しばしばその使命を果たすことができませんでした。

スウェーデンのNATO加盟協定の一環として、バイデン政権はエルドアン大統領が切望していた知名度を与え、ビリニュスでイデン大統領との面談をお膳立てし、バイデン氏がエルドアン大統領を称賛し感謝するビデオまで公開しました。

イエレン米財務長官は最近、トルコの財務大臣シムセクと会談しました。

トルコ経済が脆弱な時期に、米国のこうした配慮は投資家に貴重な安心感を与えます。

 

両国の関係は、その性質上、日和見的かつ短期的な取引になるでしょう。

目標は、トルコとロシアや中国との関係に邪魔されず、双方にとって有効な取引を見つけることです。

経済協力、シリア、人権の 3 つの分野では、すぐにそのような取引の機会がある様に見えます。



トルコは、西側の安全保障の傘はもう必要ない、あるいは頼りにできないと考えているかもしれませんが、トルコ経済は依然として西側市場と深く結びついています。

トルコ経済は深刻な景気後退に見舞われており、その原因の一部はエルドアン大統領個人の過去数年間の経済管理の失敗にあります。

トルコの一人当たりの所得は劇的に減少し、通貨の価値は下落しました。

しかし再選後、エルドアン大統領は方針を転換したようで、市場が好意的にみる元メリルリンチのシムセク氏を財務大臣に任命しました。

それにもかかわらず、トルコ市場は依然として不安定です。

アンカラは民間部門の債務を繰り上げて国際収支危機を回避するために、最終的には西側諸国の融資を必要とするでしょう。 

 

その支援には、米国とトルコ間の年間貿易総額を1000億ドルに引き上げるという構想を復活させるという手があります。

この目標を達成するために、トルコとの通商協定を更新する協議を開始するようEUに促す必要があるでしょう。

結局のところ、ヨーロッパはトルコの商品とサービスの最大の市場です。 

 

その見返りに、トルコは地中海東部とエーゲ海での攻撃的な姿勢を改め、ギリシャとキプロスの関係を正常化する事が可能です。

トルコはすでに欧州の移民管理に多大な貢献をしており、豊富なエネルギー資源と安価な労働力により、「中国依存リスク」を回避しようとする米国と欧州の生産拠点として有望です。

 

エルドアン大統領は変わらないだろうし、ポスト西側トルコは伝統的な西側の同盟国ではないでしょう。

トルコには独自の利益があり、ワシントンと共有するものもあれば、そうでないものもあります。

中東における中国の影響力が増大するにつれ、米国とトルコの関係は、トルコ経済に有利に働き、トルコがロシアとバランスを保つのに役立ち、米国にとってより良い状況になる可能性があります。

 

エルドアン大統領のトルコは、今後の地政学的競争の時代に米国政府がより頻繁に出現すると予想すべき一種の中大国の原型です。

敵でも同盟国でもなく、これらの大国は道徳的またはイデオロギーの観点からワシントンとモスクワとの闘争を理解することはないでしょう。

むしろ、彼らはあらゆる側面からの独立性を維持しようとし、常に自問します。「それが私たちにとって何の役に立つのか?」

米国は、誰も本当に信じていないルールに基づく秩序への空虚な賛美を忘れて、この問いに対する答えを見つける必要があるでしょう。

ポスト西側トルコとのより現実的な関係、つまり相互に有益な取引に基づく関係を構築することを今こそ始めるべきです。

トルコの立ち位置に学ぶ

トルコはアタチュルク初代大統領が日本における明治維新の様な近代化改革を1923年トルコ共和国建国以来トップダウンで行ってきました。

それは5世紀にわたるオスマン帝国の安定した治世が音を立てて崩れ、一時は英仏ギリシャの連合軍によってトルコの独立さえ危ぶまれる状況に追い込まれた反省に基づいて行われたものでした。

アタチュルクはトルコ帽の廃止やアルファベットの採用、政教分離など矢継ぎ早に近代化を進め、それは西洋化と同義でした。

この流れは第二次世界大戦後も続き、トルコのリーダーは皆西側、冷戦後は特に米国を向いて政治をしてきました。

2002年に初めて政権を握ってきたエルドアン氏の政党AKPも当初は西側を向いて政治を行い、EU加盟を一丁目一番地の政策として掲げてきました。

しかしEU加盟交渉は欧州側から次から次に難題を突きつけられ、遅々として進みませんでした。

結果としてトルコ国民はEUは我々をメンバーとして迎え入れようとしていないと理解するに至った訳です。

10年前には筆者の周りのトルコ人はEU加盟論者で溢れていました。

いまやほとんどのトルコ人友人はEU加盟を諦めており、誇り高きトルコは自主外交を展開すべきだと考えています。

5月に行われたトルコ大統領選で、苦戦が予想されたエルドアン大統領が再選を果たしたのも、欧米寄りの外交に戻ることを主張する野党候補への不信感が大きく左右したと推測されます。

上記Foreign Affairsの論文の現状分析は非常に正確だと思います。

トルコはもはや親欧米には戻りません。かといってロシアや中国寄りになるわけではなく、大国とのバランスの上で国益にそった外交を展開していくと思います。

ウクライナ戦争をみても、トルコの戦略的重要性は際立っています。

欧米からもロシア、中国から見ても、トルコが軸足をどちらに移すかでパワーバランスが大きく変わるからです。

我が国も上記論文の中の「それが私たちにとって何の役に立つのか?」という視点を持つべきだと思います。

米国が対中国、ロシアという観点から最も重要視しているのは、インド、トルコ、日本ではないかと思います。

インド、トルコはご存知の通り、双方の陣営からいいとこ取りをしています。

我が国も今一度「それが私たちにとって何の役に立つのか?」という自問を行うべきではないかと思います。

 

最後まで読んで頂き、有難うございました。