NATO内部での対立
トルコはNATO(北大西洋条約機構)のメンバーですが、最近他のNATOメンバーである欧米諸国との関係にきしみが生じているのはご存知の通りです。
キプロス沖の天然ガス開発に関しては、隣国ギリシャと対立し、NATOの仮想敵国であるロシアから防空ミサイルシステムS-400の購入を決めて、欧米各国から激しい反発を受けた事は記憶に新しいところです。
バイデン氏は同盟国なかんずく欧州との関係修復を最重要視している上に、以前からエルドアン政権に対して厳しい見方をしている様ですので、バイデン政権下での米国とトルコの関係は冷却化する可能性があります。
そんな中、米誌Foreign Policyに「Biden Can’t Avoid Erdogan, but He Can Keep the U.S.-Turkish Relationship on Track - Turkey’s leader has caused many headaches in Washington in recent years, but letting ties deteriorate further would be disastrous.」(バイデンはエルドアンを避ける事は出来ない。しかし米国とトルコの関係を維持する事は可能だ - トルコのリーダーはここ数年多くの問題を引き起こしたが、関係を更に悪化させるのは破滅的だ)と題した論文が掲載されました。
長い論文ですので要点を纏めてご紹介しましょう。
Foreign Policy論文要旨
トルコと米国の関係悪化は、トランプ政権に責任転嫁すべきではありません。これは過去20年間の米国外交の失敗というべきでしょう。
オバマ政権においてはシリア内戦で対立し、最近はロシアの防空ミサイル導入で米国大統領にとって頭の痛い問題を引き起こしました。
しかし地域において増大する敵国の脅威や世界の地政学的リスクの高まりは両国間の継続した関係の価値を高めており、バイデン政権は両国間の更なる関係悪化を避ける必要があります。
ヨーロッパとアジアの架け橋であるトルコは、米国の外交政策の大きな変化の断層線にまたがっています。
米国の戦略は、テロリズムとの戦いに重点を置くことから、ロシアや中国などの大国との競争に重点を置く事へ移行しています。
この数十年間、米国の外交政策の主な焦点であった中東ですが、大きな戦略変更が行われそうです。
この新しい戦略においては、持っているリソースをアジアにシフトする必要性に直面して、米国政府は中東地域のパートナーにアウトソーシングする様になるでしょう。
中東におけるそのような米国の政策変化において、トルコが果たす役割は、重要になるでしょう。
トルコは中東地域最大の経済であり、GDPは7,500億ドルに達します。
地域に影響を与えるために軍事力を使用する意欲さえ示しています。
イラン、イラク、シリアと国境を共有し、黒海を越えてロシアに隣接しています。
したがって、トルコは中国の一帯一路網の帰結点となりえます。
トルコは、物理的にも政治的にも、ロシアの力の南向きまたは中国の西向きの動きに影響を与える立場にあります。
長い間トルコを米国が重要なパートナーにしてきた事も、ロシアと中国の注目を集めています。
実際、彼らにとって、トルコを味方に付ける事は、中東の政策目標を達成する事を遥かに容易にするでしょう。
ロシアと中国にとって、トルコと米国の相違点を利用して、NATO内での不協和音を拡大できるのであれば、さらに魅力的です。
この最新の例は、東地中海での天然ガス資源を巡るトルコとギリシャの対立であり、NATO加盟国を分裂させました。
トルコはロシアのS-400防空システムの納入を開始した事で、NATO加盟国に強い懸念を生み、米国制裁の可能性を生み出しました。
また、国内の景気後退と外部資金調達が困難になるにつれ、中国から投資と資金調達を得ることに興味を持っています。
しかし、トルコ政府は、中国及びロシアとの関係には限界がある事を認識すべきでしょう。
トルコと中国の関係は、トルコの民族グループであるウイグル人に対する中国の抑圧によって依然として障害があります。
一方、トルコとロシアは、シリア、リビア、アルメニアなどの地域問題について対立を続けており、南下政策を何世紀にもわたって続けてきたロシアに対して不信感をトルコは抱いています。
そして、ロシアも中国も、西側が何十年にもわたってもたらした安全保障や経済的利点をトルコに提供することはできません。
しかし、これは、米国とトルコが過去の蜜月関係にに回帰する事が可能であることを意味するものではありません。
S-400の導入や、イスラエルとアラブ諸国の関係正常化などに関するトルコの反発は、米国政府にトルコに対する深刻な疑問を投げかけています。
これらの動きはまた、トルコと中東の他の米国のパートナー(特にUAEとサウジ)の間の緊張を高めました。
両国は、リビアの様な地域紛争においても、トルコと激しく対立しています。
しかし、これらの問題に対して、米国とトルコ両国の国益は、敵対するよりも協力関係を維持する事によって守られるでしょう。
両国は、地域におけるロシアの影響力を制限し、イランの冒険主義に対抗し、核とミサイルの拡散を防ぐことに関心を共有しています。
しかし、現実には、これまで以上に対話を行う必要があるでしょう。
これには、優先順位を付け、妥協案を密かに協議し、紛争の発生を防ぐために早期に相談する必要があります。
バイデン氏は、上院議員および副大統領として、舞台裏での妥協案を解決したことで評価を得ました。
密かな協議は、エルドアン大統領のスタイルではないかもしれませんが、バイデン氏の選出は、両国のより友好的で職人的な関係を構築するかも知れません。
分岐点に立つトルコ
トルコの通貨リラの相場は最近急激に下落しました。
そんな中、先日中銀の総裁が大統領により更迭され、更にはエルドアン大統領の娘婿であるアルバイラック財務大臣が辞任しました。
このニュースはトルコ国内だけでなく世界中を驚かせました。何故ならアルバイラック氏はエルドアン大統領の後継者と目されていたからです。
娘婿の首まで切ったエルドアン大統領の決断は、トルコが置かれた厳しい立場を物語っています。
トルコは中東最大の人口及び経済を持ち、勤勉な国民と豊かな国土に恵まれています。
しかしアキレス腱があります。それは為替です。
エネルギー資源を海外に依存するトルコは慢性的な経常赤字から、為替が弱含みになりがちです。
今回は、ここを投機筋に突かれたものと思います。
大統領は高金利は景気を悪化させるとして、反対してきましたが、そろそろ自国通貨を本気で防衛しないと、大変なことになってしまう可能性があります。
米国が中東離れを強める中で、地域大国であるトルコが独自色を強める事は避けられないと思います。
しかし、上記論文が主張する通り、中国やロシアから得られるメリットと西側から得られるものを客観的にに比べた場合、後者が大きい事は明らかです。
その点をトルコは冷静に認識した上で、外交を展開する事を期待したいと思います。
一方、バイデン政権もトルコの戦略上の重要性を再認識し、イスラム系唯一のNATOメンバーであるトルコを有効に活用する事を検討してもらいたいと思います。
トルコは今米国にとって厄介な存在かも知れませんが、長い目で見れば、この地域の貴重な友人です。
東西冷戦の時もそうでしたが、トルコは米中新冷戦においても戦略上鍵を握る国である事を忘れてはなりません。
最後まで読んで頂き、有り難うございました。