驚くべきサウジ訪問
バイデン大統領は中東諸国を最近訪れましたが、その中にサウジアラビアも含まれ、米国がイスタンブールのサウジアラビア総領事館内で行われたジャーナリストのカショギ記者殺害を指示したと言われるモハメッド ビン サルマン皇太子と会談を行いました。
このニュースには正直驚きました。
この通称MBSと呼ばれる皇太子は米国がカショギ記者の殺害を指示した責任者としてついこの間までバイデン大統領自身が厳しく批判していた対象だったからです。
今回のサウジ訪問には共和党だけでなく、身内の民主党内部からも批判が噴出している様ですが、そんな中,米誌Foreign Affairsに「The True Costs of Biden’s Saudi Visit - A Meeting With MBS Undermines Human Rights Globally」(バイデン大統領のサウジ訪問が払う高い代償 - 皇太子との面談が世界の人権に与える深刻な影響)と題した論文を掲載しました。
筆者は国際アムネスティー事務総長のAGNÈS CALLAMARD氏です。
彼女はカショギ記者殺害事件に関して国連が派遣した調査チームのヘッドを務めました。
尚、この論文はバイデン大統領のサウジ訪問の直前に書かれたものである事をお断りしておきます。
Foreign Affairs論文要約
バイデン大統領はサウジアラビアを訪問し、ジャーナリストのジャマル・カショギの殺害を命じたMBSとして知られるモハメッド ビン サルマン皇太子に会う予定です。
バイデン大統領は、土曜日のワシントンポスト紙に中東訪問の目的を、人権重視の姿勢は揺るがないが、ロシアの侵略と中国との競争に対応するため、核心的な国益を守る必要があると説明しました。
バイデン氏の言い訳めいた説明にもかかわらず、彼の訪問は、カショギの正義の追求を損なうだけではありません。
それはまた、米国が人権を選択的に支持しているという見方を強化するでしょう。
ウクライナでのロシアの侵略行為に反対して世界を団結させようとしているにもかかわらず、米国は大規模な人権侵害の責任を負う国々に有利な待遇を与えています。
そのような矛盾は外交政策において良くある事の様に見えるかもしれませんが、バイデン氏のの中東旅行の影響は特に重要です。
国際秩序が脅威にさらされているとき、彼のサウジ訪問は、ウクライナでのロシアの戦争を非難し、ルールに基づく秩序を擁護するという国際的なコンセンサスを確立するという彼の政権の目標達成を難しくさせるでしょう。
カショギ記者殺害に対する皇太子の責任は事実です。
2018年10月、サウジアラビア市民でワシントンポストのコラムニストであるカショギが、イスタンブールのサウジ領事館で15人のサウジアラビア人工作員のチームによって殺害されました。
2019年1月。1年間の国連チームによる調査の後、私は調査結果を国連人権評議会に提出し、彼の殺害はMBSによって扇動または命令されたため、国際法の重大な違反であると結論付けました。
米国政府はこの調査結果を確認しました。
2021年2月に機密解除されたレポートで、米国CIA長官のAvril Hainesは、「皇太子MBSがジャーナリスト、ジャマルカショギを捕まえるか殺すためのトルコのイスタンブールでの作戦を承認した」と述べています。
皇太子は、この殺人で有罪が証明されるまでは無罪と推定されるべきだと主張しています。
彼の主張はばかげています。
世界は公正で公平な裁判を期待するでしょうが、サウジアラビアはそのすべての試みを妨害しています。
2019年、王国は偽の裁判を実施し、問題が再燃しない様にあらゆる手を尽くしています。
カショギ記者の殺害は、サウジアラビア政府による人権侵害のパターンの一部です。
MBSが皇太子に昇格して以来、サウジアラビア政府はますます抑圧的になっています。
3月に可決された新しい家族法は、女性に対する男性の保護を含む、女性に対する差別を規定しています。
これは、女性が結婚するための男性の保護者の許可を持ち、結婚したら夫に従わなければならないことを要求します。
同時に、最も穏やかな批判を表明する活動家、政敵、および一般市民は、投獄されるか、国を離れることを禁じられています。
これら弾圧は、皇太子がサウジアラビアの国王になると悪化する可能性があります。
カショギ氏の殺害は恐ろしいものでしたが、その重要性は1人の男性の死を超えて意味を持ちます。
殺人は、敵を無力化するために国境を越えて到達する国の意欲の高まりを象徴しています。
「国境を越えた弾圧」に関する2022年の報告書で、フリーダムハウスは2014年以来、36か国からの735人のジャーナリスト、人権擁護家、活動家が84のホスト国で標的にされたと記録しました。
ロシアの諜報機関は、ほぼ確実に2006年にロンドンでリトビネンコを殺害し、2019年にベルリンでゴシュビリを殺害しました。
バイデン氏のサウジ訪問は、人権を支援するという同氏の約束が条件付きで選択的であることを世界中に知らせます。
提供する政治的または経済的価値のあるものを持っている人には免罪符が与えられます。
米国が国際秩序のルールを守らなかったのは今回が初めてではありません。
それ自身の過去の行動は不可侵と平和の原則と矛盾してきました。
イラク侵攻、対テロ戦争、武力紛争の定義された地域外でのドローン攻撃、制裁の選択的使用などがその例です。
国際法へのこの選択的なアプローチにより、ロシアはその行動を米国の行動と同一視することができ、世界の一部はこの議論を説得力があると感じています。
それは、いくつかの国がウクライナに関する国連総会の決議に反対票を投じたり、棄権したりする言い訳さえ提供しました。
ロシアの侵略を非難する3月2日の国連決議で35カ国が棄権または反対票を投じました。
4月7日、人権理事会からロシアを追い出す国連総会の投票で、その数は82に増加しました。
この投票で反対を選択した国々は、世界の人口の70パーセントを占めています。
ロシアは、ウクライナに対する攻撃が正当化されることをアジアやアフリカの国民にも納得させようとしている様です。
エコノミストが行ったツイートの分析は、親ロシアのコンテンツが西側以外のユーザーを動揺させていることを示しています。
この面でのロシアの成功には複数の理由が考えられますが、人権への取り組みに関する西側のダブルスタンダードも大きな役割を果たしています。
コロナの大流行と現在のウクライナ戦争はその認識を悪化させました。
ヨーロッパと米国はワクチンを蓄え、低所得国にワクチンを提供することを義務付けていません。
パンデミックの経済的荒廃にもかかわらず、富裕国は開発途上国を破滅的な債務負担から解放することができませんでした。
そして今、ウクライナとロシアの重要な食糧供給が遮断されているため、世界中で食糧不安が高まっています。
36か国が小麦の50%以上をロシアまたはウクライナから輸入しています。
あるアフリカの外交官が西洋の外交官について次の様に語りました。「私たちの耳には、ヨーロッパ人の方がアフリカ人の命よりも重要だと言っているように聞こえる。」
バイデン氏は、少なくとも、MBSと会うべきではなく、彼との写真撮影に同意するべきではありません。
代わりに王国が言論と結社の自由に対する組織的な取り締まりを終わらせることを要求すべきです。
これらは最低限のものです。
世界が前例のない危険と不安定さに直面する時代に、大規模な人権侵害の責任がある国への米国大統領訪問の背後にある計算は、世界をさらに深淵に押しやるでしょう。
ダブルスタンダードにより生じる西側の弱体化
今回のバイデン大統領のサウジ訪問は、対露経済制裁により生じたエネルギー危機がもたらした米国でのガソリン価格高騰を抑えるために、サウジに油乞いにいったというものですが、殺人の責任者と認定した統治者に頭を下げるために米国大統領が赴いたとすれば、米国の威信はどこに行ってしまったのでしょうか。
ウクライナ国民の人権を守るために世界を団結させる必要がある米国が、人権を蹂躙する国を訪問するというのは本当に皮肉でしかありません。
そもそも油の価格を下げようとすれば、世界最大の原油生産国である米国は他国に油乞いをする必要はありません。
自国のシェールオイルでも増産させれば事足りるはずです。
おそらくバイデン政権は共和党の支援団体である米国オイル業界に塩を送るのを嫌がったのではと推測されます。
全て選挙で勝つことが優先されるのでしょうか。
誠に残念です。
最後まで読んで頂き、有難うございました。